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二人のはじまり 14 (過去話の最終回)■2002年04月06日(土)
日付が変わる頃になって、ようやく生徒は電話をかけてきた。
帰ってきたのか?
「・・・。」
彼女は何も答えなかった。
数時間前、ナンパしてきた男と一緒にいた時はハイテンションだったのに。
しばらくして、生徒が泣いていることが分かった。
「・・・また、やっちゃった・・・。」
泣きながら、彼女は浮気―本命の彼氏に対する浮気―を悔いていた。
「ねえ、なんでわたし、こういうことしちゃうの?」
生徒は僕に訊いた。
「こういうことして、いつもやらなきゃよかったって思うんだよ。なんでだと思う?」
そうしなければいられない、何かがあるんだろう。
僕はそう答え、彼女に話を続けさせた。
彼女は、寝た男は百人はいる、今の彼氏と付き合ってからも何度か別の男と寝ていると言った。
ばれてないの?彼氏に。
「ばれないよ。」
相手の男とは一回会うだけで以後、連絡を取らないそうだ。
「彼氏に会えなくて、他に会う人がいなかったら、ま、そこら辺の男についていく、仕方ないじゃん?」
そんな馬鹿な。僕がいるだろう、僕が。相手ならいつでもするよ。
それは嫌だ、と生徒は言った。
「だって、先生、私のこと好きじゃないんでしょう?」
ナンパする男は瞬間とはいえ、生徒のことを好きだと思っているわけで。
そして、生徒もまた男を消費して捨ててきたのだ。
君のことが好きだよ。
「それは、生徒として好き、とかいうやつでしょ。そういう好きは要らないんだってば。」
好きだよ、一人の女として。
生徒は、え?と驚いていた。
君のことが好きだ。付き合おう。
「何で急に?今までずっと、私と付き合うなんて有り得ない、って言ってたのに。」
君はかわいくて、頭が良くて、そして何より優しい。
病気になってからずっと、君と話していることが嬉しかったんだ。
彼氏がいるけれど、もう一人、余裕があるなら僕と付き合ってほしい。
無茶苦茶なことを言っていた。
でも、それがその時の本心だった。
生徒はむしろあっけに取られていた。
彼女の、本気で言ってるの?という質問に、僕は本気だと答えた。
「絶対に誰にも言わない?」
ああ、言わない。
「じゃ、よろしくお願いしますのだ。」
彼女は笑った。
それが、二人のはじまり。
そのあと、生徒は、じゃあ先生、いつエッチする?とか抜かすものだから、僕はまた彼女を叱りつけることになり・・・
二人のはじまり 13■2002年04月05日(金)
生徒の連絡が途絶えてからずっと、僕はイライラしていた。
夜も遅くなって、ようやく生徒から電話が掛かってきた。
彼女はきゃあきゃあと笑っており、憤っていた僕と対照的だった。
おい、どこだ!どこにいる!?
すると生徒は、今、車で送ってもらってるからいいよ、と答えた。
そんな、信用できるか!どこへ連れていかれるか分からないだろ!
「あー?何言ってんの。やったよね、ねえ?」
生徒は、電話口の向こうで男と話しているようだった。
アルコールが入っているのか、彼女は変に上機嫌だった。
馬鹿!
「なに?妬いてんの?そろそろ認めたら、私のことが好きだって。ね、先生。」
そんなことどうでもいい!とにかく、その車を降りろ!
「はいはい、後でね。」
生徒は面倒くさそうに言って、また勝手に電話を切ってしまった。
再び電話が通じたのは12時を過ぎたころだった。
二人のはじまり 12■2002年04月04日(木)
帯状疱疹を患ってからの10日間を僕は家のベッドで過ごした。
春休み明けの学校のガイダンスも休み、医者を除いて、誰とも会わなかった。
異様に眠く、一日を通して意識は朦朧としていた。
それでも生徒とは日に何度かメールや電話をしていた。
気づけば、彼女とのやりとりが欠かせなくなっていた。
ある日、生徒に送ったメールが返ってこなかった。
彼女は電話にも出なかった。
僕は、何かあったのではと何度も電話を掛けたが、無駄だった。
ようやく夜になって電話に出た彼女は、ナンパしてきた男と一緒にいると言った。
信じられなかった。
激しい怒りを感じた。
僕が電話口で怒鳴っっても、生徒は軽く受け流そうとした。
そして、僕が、迎えに行く、今どこにいるんだ…と言いかけたとき、彼女は一方的に電話を切った。
それっきり彼女は携帯の電源を切ってしまったらしく、電話が出来なくなった。
二人のはじまり 11■2002年04月01日(月)
指導が始まって一ヶ月。
生徒とはあまりに多くのことを話していた。
そして、彼女はときどき感情が混乱したときは決まって僕に電話し、僕はその混乱を収めていた。
そんな一ヶ月が過ぎようとしていた頃。
僕はダウンした。
帯状疱疹(たいじょうほうしん)が発症した。
脊髄の右、ウェスト辺りから、何十本の針が付き刺さるような痛みが2、3秒間隔で襲ってきた。
患部を見ると、そこに紫色の気味の悪い水膨れが無数に出来ていた。
痛みのために夜も眠れなかった。
ストレス状態が続くと、体内では免疫力が低下する。
免疫が下がれば疾病になり易くなる。
帯状疱疹はまさにこの一連の流れの典型だった。
病院へ行くと、医者は僕に5日間の安静、点滴を命じた。
疲はい状態にある体を休ませ、免疫を復活させなければならなかった。
その日、僕は痛み止めを脊髄に注射され、90分間のブドウ糖点滴を受け、薬を処方された。
僕が眠れないと言ったためだろうか、抗うつ剤まで含まれていた。
精神系の薬は初めてだったので、とうとうここまで自分はひどくなったのか、と僕は落胆した。
家に戻ると、僕は受け持っていた3件の家庭に電話を掛けた。
体の状態を説明し、バイトを休ませて欲しいと願い出ると、どの親も快諾してくれた。
連絡を追え、生徒の携帯に電話をかけた。
会話の途中で僕が痛みのあまり口もきけなくなるので、彼女には心配を掛けた。
「どうして病気になったの?」尋ねられたので、僕は、ストレスが原因だ、と答えた。
「ひょっとして、私が原因?」
さあ、な。
「先生、何か悩んでいることあるの?」
ないよ。
苦痛も手伝って、僕はぶっきらぼうな解答しかできなかった。
「だったらどうして?私が骨折ったりして心配かけてない?」
ま、心配だったよ。少しくらいは影響してるかもな、この病気に。はは。
「やっぱり…。」そう言ったきり生徒は黙ってしまった。
ばか、気にしなくたっていい。
僕が、弱すぎたんだ。
僕がもっと強ければ、君の相手をしていてもこんな病気にはならずに済んだはずなんだ。
悪かったな、案外、もろくて。
僕がそう言うと、生徒は
「心配かけて、ごめんね。」
と答えた。
謝ることじゃないよ。
「じゃ、お見舞いに行く。先生の家に。」
来なくていい、勉強してろ。
しばらくそんな話をしたが、途中で痛みが激しくなり、話が途中のまま電話を切ることになった。
その後も痛みは一晩続いた。
翌日、生徒が電話をくれたが、僕が話せなくなるたびに切り、また掛け直すという繰り返しだった。
夕方、仕方なく抗うつ剤を飲んだ後、僕は20時間夢も見ずに眠った。
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