18℃
     2004年06月30日(水)

ソーダ味のキャンディをなめながら明け方を歩いていた
山際にかかった空がじわりと身じろぎをした

ぱら  とおちる雨
しゅわ  ととける口のなか

ああ遠くで雷鳴がきこえる
夜明けが泣いているが
ぼくにはどうすることもできない
あんなに光は青くとも
灼かれるのだから痛いのだろうね


高い高い  甲高いA  G  それとC
産み落とされた朝を祝うのか
慰めるようにか  鳥は鳴く

     きみに返詩をしたいのだ
     2004年06月24日(木)

きみの言葉にふれてあふれる涙のわけを
どう弁解したらいいのだろうと思った
卑屈になるにもほどがあるが

  (どこまでも一緒にいられればいいと思った
        一緒に行かうと手をとりたかった)

  (傷つけたいと思ったのではなかった
        ぼくはきみと同一のものでありたかった)

きみに返詩をしたいのだ
届かないことはわかっているけど
わかっているけど

ぼくはきっとこれからもこのおぞましく愚かしい愛の中にいるだろう
誰に打明けることもできなくなってもずっとずっと想っているのだろう
届かないことはわかっているけど


ぼくは嬉しかったのだ
きみが前を見ていることが

それではぼくも行くことにする
いくらかは安心して
ただこの身ひとつきりで
どこまで行っても何もなくても
きっと、それなりにやっていけるだろう
きみと共有した夕焼けや唄を
大切に抱きしめているのだから


ぼくにとってただひとりのきみへ。
いつかは無いし、さようならでは今更だから
元気で
どうか、元気でね。


きみのためならなんでもしてあげたかったよ
どうか幸せに、誰よりも幸せに。

     あらし
     2004年06月21日(月)

私の手首の静脈を木立に喩えるとするならば
左は白樺、右は水木だろう
あらしに打たれ、打たれた枝葉に打たれ、
ぎしぎしと泣いている木よ
折れないのだね

微動だにしない手首の木立も
生命のあらしに打たれている

折れはしない

     特急列車
     2004年06月20日(日)

電車はもはや池袋
わたしはここ  きみはどこ
知っているけれど

離れている連絡もとらない
人の口伝いなんてアナログな通信手段で
きみがどこにいるのか知った
つながってなどいないね

もうすぐに  新宿
明日にはいずれ会えもしない

     硝子片
     2004年06月17日(木)

わたしとあなたの間には
なめらかな硝子がはさまっている
胸に腹に
つめたく
まろく
やわらかく当たる
角の取れたかたまりは
互いを傷つけるものではないけれど

残念ながら
氷ではないので

いつまでも幸せな違和感とともに
わたしたちは生きている

     花笑み
     2004年06月16日(水)

 梔子と柘榴がとうとう咲いた、と昨夜の電話で母は言った。梅雨の中休みに入ったこの田舎の町に、まだ夏の花は咲かない。
 春と夏とは遊び遊び、秋冬だけが急ぎ足、季節の変わりめは異常気象、山の天気にはどれほど住んでも慣れない。観念してとうとう出した袖なしの服は、雨が降り出せばまたクロゼットの奥に仕舞うことになるだろう。家に帰ってくるころには暑さでぐったりしているのに、夜半すぎには窓を開けてはとても眠れない。
 大学に続く道は長く緩やかな上り坂だった。夏至が近付くにつれ、太陽は早起きに快活になる。こちらの都合などお構いなしに投げつけられる光は、昨日まで服に覆われていた腕を焦がした。感覚神経が悲鳴を上げている。痛い。
 ふう、と息をついて立ち止まる。鞄の中から羽音のような振動が聞こえた。
『昨日は泊めてくれてありがとう。また週末に』
 それだけの短い文面を眺め、もう一度眺め、ため息とともに携帯電話を閉じた。フライパンのように熱された道路に、ぱくん、音が跳ねた。

 彼との関係ができたのは先月の半ばだった。人を通しての顔見知りでしかなかったわたしたちがお互いの家に泊まるような間柄になったのは、成り行き、もしくは物のはずみ、それだけのことだ。それだけのことにしなければならない。
 起きだしてわたしがいないことをどう思っただろう。授業があるので先に出ます、鍵はドアポストの中に入れてください、そう置手紙は残してきた。呆れただろうか。少しは嫌な気がしたかもしれない。きっと彼は違和感を抱いている。
 わたしたちの間に恋愛感情があるか。それはきっとわたしにも彼にもわからない。
 彼には恋人がいる。

 坂道をゆっくりと歩き出す。この田舎にはまだ花が咲かない。梔子も柘榴も固いつぼみのまま、青い葉だけを茂らせている。
 肩口にひりつく痛みを感じた。灼けた皮膚の赤み。手で覆うと、汗ばんで熱を持った掌でさえそこでは心地よく感じた。
 ――彼女とは同期入学の、顔見知り同士だった。五十音順の学籍番号が近くて、入学したばかりのころからオリエンテーションやクラス分け、授業でのグループ分けで顔を合わせているうちに親しくなった。学校で会えば言葉を交わす。昼食を一緒に食べて。授業で隣に座ることもあった。けれどもそれだけ。外でわざわざ待ち合わせてまで会ったりは、しない。
 わたしと彼女はよく気が合った。一緒にお酒を呑んだこともある。恋愛の話をした。大学の教授の愚痴を言い合った。酔って泣いた。わたしは慰められた。それだけ。――友達、だろうか。
 彼女に恋人ができた、と聞いたのは去年の夏だった。人づてに知った。その後も彼女と顔を合わせることは何度もあったけれど、彼女に直截恋人のことを尋ねることはなかった。相手の男のことを知ったのは共通の友人から。わたしはその友人を煩わしく思った。知りたくもないことだった。
あれが、そうだよ。紗江子の恋人。ほら。そう言ってひそやかに指を差した先にいたのが彼だった。

 屋外からやっと校舎に入って、汗をぬぐう。窓から空を眺めると、薄い雲がもつれるようにかたまりになって浮かんでいた。歩いているときには気付かなかったけれど、中休みは終わりに差し掛かっているようだ。傘を持ってこなかったことを、ちらりと後悔した。
 授業のある四階へ、階段を昇りながら彼のことを考えてみる。大きな肩、腰周り、首筋は汗の匂いがした。薬指には彼女の束縛。

 昨日は彼女に会った? 明日も彼女に会うのよね。やっぱり会えば彼女を抱くの? 羨ましいね。彼女がよあなたがじゃないわ。

 彼が抱く違和感はいつか疑念になるかもしれない。そんなことには気付かないかもしれない。わたしには否定したい気持ちがある。わたしが好きなのは、彼だ。だから間違ってなどいない。
 最後の一段を上って、廊下に出る。途端に息が詰まった。
 彼女がいる。焼けた肩や首や胸元がじわりと痛んだ。
 掲示板を見上げる彼女は明るい若緑のワンピースを着ていた。まっすぐな背中と細い体が葦のようだと思った。
 すぐに教室に入ってしまえばよかった、声を掛けることができなかった、それでも怖気づいた足は動こうとはしなかった。
「あら、こんにちは」
 そこに立ったまま動かないでいたわたしに気付いて、彼女は笑顔でそう言った。
「――どうも」
 挨拶にならない言葉を返して、薄い笑いを取り繕う。
「これから授業ですか?」
「ええ、二限です。紗江子さん、は、もうお帰りですよね」
 わたしたちは間を置いて話す。ひどく親しい遠慮がある。
「――奇麗な色ですね」
 内心の怯えを押し殺して、彼女の着ているものを褒めた。視線を上げてしまっては、彼女の白い顔を見なければならなくなる。
 する、と指先が動く。彼女の腰の横に添って垂れていた腕が浮き、腿の前あたりの布地を撫で、持ち上げた。揺れが服の裾を伝う。爪に布は滑る。さらりと落ちる。擦れる繊維の音。
「この間出かけたときに見立ててもらったの。ありがとう」
 それではこれは、彼が。
「東花さんこそ、いつも奇麗にしていて。涼しげでいいですね、それ」
 わたしの目を奪っていたまさにその指がわたしの掌を掬い上げた。胸が潰れる。彼女のつめたい指先がわたしの爪に触れる。ネイルカラーのつるりとした発色。震える。痛い。どうか二度と離さないで。
 わたしが何も答えないでいると、彼女は指を放した。わたしの戸惑いを振り払う腕の、手首の時計に目を走らせる。
「そろそろ行きますね。待ち合わせがあるので」
「ええ、では、また」

(「わたしのことが好きなのでしょう」)

 彼女の唇からそんな残酷な言葉を聞きたがっているわたしがいる。

 彼に会いに向かう彼女を引き止めることは何にもならない。彼女はわたしと彼とのことを知らない。知らないままにしておけばいい。知らないまま彼女のことを汚していればいい。
 あなたの恋人を奪ったときに、わたしの花は落ちてしまった。
「またね」
 彼女は白い花のように笑った。夏になってしまえばいい。わたしは焼かれてしまいたい。
 少し先を歩いて、振り返る。手を振って、彼女は廊下の途切れた向こう、ドアの外へ出て行った。三階の屋根部分、屋上のように開けたコンクリートの上で、かちりと覗いた空は硬質の灰色に見えた。ドアが閉まる。若緑の色彩が遠くに消える。あとに残ったのは空虚な冷ややかさだった。取り返しのつかないものは、こんな冷たい廊下に転がっている。
 二限のはじまりを告げるチャイムが鳴っている。わたしはまだ立っていた。ドアの向こうに消えていった人が自分ではないのが不思議に思えた。ぼんやりと見下ろした自分の掌、指先。ネイルカラーが照明を反射している。傷も痕もない表面。彼女の指が触れた。薄藍。凍っていくようだ。
 窓の外で砂を洗うような音がする。雨が通っていくのだ。あの人も傘を持っていなかったなと、虚ろに彼女の背中を思った。

     秘密
     2004年06月15日(火)

訊きたいことがあったとして
それはもう
陳腐にも枯れ落ちてしまった嘆きだろう
僕と君のまわりを
どんなにか清浄にしたいと言って
僕がそれをしたのでは
ただの自虐にしかならないよ
知っているね

断罪とは君が下すもの
裁きは君の帽子の下に

     愛撫
     2004年06月14日(月)

殴られれば痛いのだ
傷つけられれば悲しいのだ
そんなことを今更確認するように繰り返して
あなたの体を撫でている

ねえ
暑そうだね

     閃光
     2004年06月12日(土)

ペティナイフを持っていこうと思ったことを
爪を塗るのに夢中になって忘れた
わたしはあなたの気を引くことに躍起になる
愚か者の首を刎ねよ

     VainMagic
     2004年06月11日(金)

あなたの誕生花はわたしの名につながると
そう知ってひそかに喜びました
マーク・チャプマンはジョン・レノンを殺し
わたしはあなたの欲しがるものが欲しい

聞こえないと知っている言葉を綴りましょう
知らぬふりなどできないように
あなたに魔法をかけましょう

花を愛でるご趣味はお有り?
わたしを好きになりなさい
あなたはそのためにヒトである

     
     2004年06月10日(木)

 夕ごろ、買い物のために家を出たときの外の空気は、まるで思春期の女の子のような匂いがした。具体的に匂いを覚えているわけではない。玄関から出ると同時に纏わりついてきた梅雨の熱気が、即座に頭の中でそう形容されたことを覚えている。六月が若い時期だからか。出た時刻がちょうど大学の五限時終了間際で、曇天の下を学生がぞろぞろ歩いていたせいか。だとするとやはり大学生など若いのだと思う。この町では季節も住む人も今が盛りなのだ。
 口の中に不快感があった。しばらく固形物を食べない生活をしていたのだけれど、公道で倒れでもしたら迷惑になるだけだから、とゆで卵を食べた。その卵は失敗していた。半熟にも届かない火の通りで、殻を剥いて身も剥がれる。生に限りなく近いくせに、茹でられていたために黄味は人肌程度にぬるまっている。ひどく気持ちの悪い味がした。鶏の体液をそのまま飲んでいるような錯覚をする生臭さがあった。ぬるい黄味は上あごに貼りついてしまったように、買い物をして帰ってくる道ですらもずっと落ちないままそこにあった。
 町ではそろそろ花柘榴が咲くころだろうか、まだ早い。つつじはもうほとんどが枯れ落ちてしまった。目下、散歩の楽しみになるようなものは少ない。月もちょうど衰えていくところ、入梅して天気も悪い。気持ちが晴れないまま六月の道行きは重い。梔子が咲くだろうか。けれどもこの町になんと梔子の少ないことか。沈丁花の季節はよかった。初夏より初春がいいということではなく、濡れた空気が好きではないのだ。
 ここまで書いていたら外で不如帰が鳴いた。いい声だったので今日の雑事は帳消し。山に住んでいるのだなあと実感する。これは日記だ。

     六月の雨夜
     2004年06月06日(日)

日も改まったころ家に帰ると
暗い部屋の中に誰かの気配が待っていた

たとえば家の裏手にはたくさんのどくだみが咲いているのだ
もとの地面のかたちなどわからなくなるほど
葉をいっぱいに茂らせて
こんもりとひしめいてふくらんでいる
だれも君のことなど見てはおらんよ
かわいそうに、と
しべの長い白い花に触れる
四枚の花弁は十字に開いたまま何も言わないでいるが
雨のあとの空気にはたしかに
彼らの呼吸を感じないではいないのだ

家のドアを開けると
部屋の奥には湿気た暗がりがつめたくなっていた
けれどもそれは死んではいないのだ
暗がりは押し黙ったまま何も言ってはこないが
わたしを見つめてみじろぎをする
そこにはしおれた切花と飲みかけた水と
窓を通して聞こえる雨の音があった
どくだみは濡れているだろう
濡れたまま最大限に生きているのだろう
わたしを待っていた切花は首をたれている
かわいそうに、まもなく死ぬだろう
六月の雨夜は脅迫的なのだ
部屋の中にいるというのに生きもののざわめき声で息が詰まる
切花が長く生きられないのは雨に濡れないせいではない

ねえ
誰も居ない部屋に悲鳴の上がることもあるよ
知っていた?

     泥棒
     2004年06月05日(土)

あかりの漏れる窓の下に座り込んでいる
中からは君の声がきこえた

くわえた煙草の先に火の触れた瞬間
燃えつく音すらはばかるように
息をひそめながら
けれども立ち去ることができなかった

帰るべき家は遠くない
ここは居るべき場所ではない
――僕はここにいません
――僕はここにいません
地面に落ちる照明に人のすがたのゆらぎはない

灯のさざめくカーテンの向こう側にいる
君よ
君よ
君よ

――笑い声を盗んだことを詫びます

     Dance
     2004年06月04日(金)

赤い太陽が昇った
その下で君は
不健康にも青い

君は青いまま目をしばたたかせ
――ゆうべはふくろうが鳴いた
――星ひとつ
わたしは日に灼けた脚をみせ
――夏がきたの
――じきに燃えるわ

わたしたちは踊らねばならない
互いの足に火のつくまで
無限に踏むちぐはぐなステップを
受けるは大地
マスタードの黄
辛い砂

歓喜とは無色透明の
濃密な熱い空気

     幸福
     2004年06月03日(木)

うずくまったまま
蜜色の飴を
嘗めている

糖蜜の中には
親子の情があり
うつくしい友情があり
鮮やかな花を見る感動も
やわらかな寝床にくるまれる安心もある
蜜色をした飴は
そういう味がする

かつ  と
歯がぶつかる
融けゆくそばから
親和することは拒むのだね

舌の上のなめらかな異物は
熱いような気さえ
した

     
     2004年06月01日(火)

そういえば
あなたと出会ったばかりのころ
わたしはいつも足指に赤くペディキュアをしていた

鮮やかな色がほしくて
化粧箱の中を探して見つけたネイルカラーで
足指の爪を染めながら
そう
そう  思い出したのではなく

足指の爪を染めながら
間違いで左手小指の根元につけてしまった赤い塗料が
まるで深い傷跡のようで
けれど滲んで淡いので

そう  思い出したのでした

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