-殻-

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2002年07月29日(月) 求める手

僕は今ここにいる君を見ている。

君は何も間違っていなかったと信じたがっている。

僕は全てを肯定しようとする君を憐れむ。

君は愛などないと言う。


薄明かりの中で、君は顔を歪めて、僕に手を伸ばす。

だけどその手は僕には届かず、宙を彷徨う。

その手は何かを求めているはずだ。

それが僕ではないにしても。


君は溢れ出る声を噛み殺す。

シーツに縋り付き、口に押し当て、目を閉じて耐える。

君の薄い身体が捩れ、痙攣する。

僕はようやく君に身を重ね、君の手は僕の背を這う。



君の奥深く、

僕は解き放たれる。


愛などなくていい。

ただ、ひととき夢を見せてくれればいい。


君の手は、僕を抱きしめている。



2002年07月23日(火) 残滓

胸の奥から、どうしようもなくこみ上げてくる言葉がある。
なのに、それを具現化した途端に意味がなくなるのを僕は知っている。
そして、君もそれを知っている以上、
満たされないままで行き場を失ったその言葉は、
胸の奥底に少しずつ沈殿して、
腐り果てていくのだ。


そのすえた臭いが、この部屋には満ちている。

僕らは必死で汗を流し、臭いを消そうとするけど、
僕の汗までもが、いや、体液という体液すべてが、
同じ臭いなんだ。


せめてもの慰みに、僕は君の中に残滓を放つ。
君は知らずにそれを飲み込む。

僕は、自虐的な笑みを左の頬だけに浮かべて、君を見つめる。


君は僕の欲望を吸い尽くそうとしているみたいだけど、
残念ながらそいつはただの搾りカスなんだ。
本当に君が欲しいものは、ほら、この胸の中にある。

君がそれを望むなら、
そう、
君のそのナイフを手に取ればいい。

そして、僕に突き立てるといい。


深く、

深く、

抉って探してみるといいよ。


2002年07月17日(水) 一枚の絵のように

シャワーを浴びた君は、寝転がって本を読んでいる僕の横に、
鏡に向かってふわりと座った。

何を読んでるの?と、君は肩越しに僕の方に振り向いた。
タオルを濡れた髪に巻いた君は、一枚の絵のようだった。

あ、

フェルメールみたいだね、と僕は言った。
ターバンを巻いた女、みたいだよ。

え、

フェルメールって何?と君は首を傾げて、
ふっと笑みを漏らした。

その瞬間、絵の構図は崩れて、
ただそこには君の姿だけがあった。

君の大きな瞳、
口元のかたち、
輪郭、

すべてが本当にあの絵のように見えていたのに。


いや、

なんでもない。
ただの絵描きだよ。

その人の描いた絵に似てたんだ、と僕は言った。


ふうん、知らないな、と君は呟いて、
髪に巻いたタオルをほどいた。


僕は知っていたんだ。
君があの絵に似てたんじゃなく、
あの絵がたまたま君に似てただけだってこと。


そして、

どんな芸術だって、
今ここにいる君ほどには綺麗じゃない。


だって、君は生きてるんだから。

2002年07月16日(火) ふと思う

間違ってるかな。














君に会いたい。

2002年07月11日(木) きみのへや

仕事が終わって、電車で君の街に向かう。

台風が近づいて、空は重い雲に覆われている。


君が駅まで迎えに来てくれる。

助手席のドアを開ける。

「お疲れさま。」

君が言う。

小雨がぱらついている。


君の部屋で、僕はビールを飲みながらテレビを見ている。

君が夕食を作ってくれる。

「大したものはないけど。」

君が言う。


僕はシャワーを浴びたあと、「ピアノ・レッスン」のビデオを観る。

最後のシーンで、義指が鍵盤に触れるかちりかちりという音が、

僕がギターを弾いているときのきゅっきゅっという音にダブると言う。


僕は君を抱く。

君は僕を抱く。


夜が更ける。

雨は上がっている。


目が覚めると、君が隣にいる。

僕が髪をなでると、ふっと目を開ける。

僕は君を抱きしめる。


台風が通り過ぎて、痛いくらいに空は晴れ渡っている。

君が駅まで送ってくれる。

「じゃあ、いってらっしゃい。」

君が言う。

「いってきます。」

僕が言う。


助手席のドアを閉じる。

君が走り去るのを見送る。


ふと、

「幸せ」かな、と思う。


今日はきっと暑くなる。

僕は駅の階段を駆け上る。

2002年07月06日(土) きれいなもの

どうしてそういう、問題を抱えた人ばかり好きになるの?

と、言われる。
どうも僕が心惹かれる女性というのは、世間的にはいろいろと問題がある存在であることが多いらしい。


でもその歪みというのは、まっすぐに生きているからこそのものだ。

多分、僕は知っているんだと思う。
純粋に歪むことの美しさを。

迎合せず、
媚びず、
妥協せず、

まっすぐに歪んでいく、君はきれいだ。


心からそう思うよ。

2002年07月04日(木) 傷跡

ああ、


君のその右腕の内側、

左利きの君が付けた傷が、


おぞましくも美しい。


なんてリアルなんだ。

なんてリアルなんだろう。


ほら、



君は生きてる。



なんてリアルなんだ。



なんて。



なんて。




2002年07月02日(火) 抽象

「ねえ、」

裸のまま、焦点の合わない瞳で一服している君に向かって僕は言った。

「どうするの?」

君は虚ろなままの視線をゆっくりと、左回りに僕の額あたりに運んでから
ふぃーっと煙を吐き出した。

「どうって?」

君は少し苛立っているように、トントンと頻繁にタバコの灰を落とす。

「いや、だから、」

僕は君がまた崩壊するのを恐れて、慌てて付け足した。
君はこういう抽象的な物言いが嫌いだったね、そうだったね。

「僕は、どうするべきなんだろう?」

君はじゅうっと思い切り煙を吸い込んで、2回に分けてふうっふうううっと
鼻から紫煙を溢れさせながらまたトントントンとタバコの灰を落とした。

「だから、どうって?」

君は声を荒げて、タバコを弾く指に力を込めた。
7回目でタバコの火が灰皿に転げ落ちた。

そして忌々しそうに、手元に残った短いタバコで、落ちた火種をぎゅっともみ消した。

「いや、つまり、」

僕は君の爆発を恐れて、かぶっていた布団を体に巻きつけて壁際に寄った。
そうだった、君はこういう抽象的な物言いが嫌いだったね、そうだったね。

「僕はこういう状態で、君はそれを受け入れて、」

僕は必死に具体的な表現を探した。

「そして僕らはこれからどこにいけばいいのかな?」




ぷちっという音が聞こえたような気がした。

でも次に聞こえた音はタイマーでセットしておいたテレビの朝のニュースだったから、それが確かかどうかは確証がない。

なんだか、顔が熱い。視界も狭い。


君の姿はなかった。
君のジーンズはまだ枕元に無造作にねじれていた。

君がどこにいるのか、僕は知らない。
そういえばあれ以来、もう3年くらい君の姿を見てないね。


元気ですか?


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