犬のおやじの日記...犬のおやじ

 

 

もうむり。 - 2004年02月27日(金)

何というかですかね。もう分かってないんですよ。
無理なものは無理だということに。
物事の順番ということに。

自分の限界はないと思い込みすぎ。
限界を知りつつそれを高めるのが筋ですよ。
あれもこれもできると妄想しちゃってる人は周りにいませんか?
限界がなくできるなら、あなたはそんな場所でそんな状態になって
そんな扱いは受けてません。

それすらわかってないのに、さらに自分の権利を主張。
誰が偉いのか、誰にお世話になるのか。
それは当然のことなのか。

ちなみに、日本では税金を払わないと3大義務を果たさないと権利はありません。
もう、そんなレベルのお話も通用しない。
挫折してぼろぼろになっても気づかないのかな。人のせいにしちゃうのかな
自分無限妄想マンたちよ!
ちなみにこういう心理を
「Don't blame me syndrome](私のせいじゃない!症候群)といいます。

頭下げに来い!単位やらん!



...

- 2004年02月21日(土)

再入院。


...

神 - 2004年02月11日(水)

犬のおやじ哲学シリーズ。

前回は「奇跡はない」で
「すべての事象は原因があって起こる」
「人はそれを知ることができないから悩み、奇跡と呼ぶ」
と結論しました。
これでは、犬のおやじが無神論者で自分が万能であるかのように
捉えられます。

犬のおやじは神さまはいるのではないかと思います。

自分の理解や認知を超えた範囲から、自分に与える影響や
自分では今のところどうしようもない作用は必ずあります。
結果とは原因によって起こるという見地からいいますと、
「自分(内的条件)」+「環境・時間など(外的条件)」=結果
となります。ある外的条件の中に身を投じるため、すべては自己責任
という見方もありますが、自分自体はそれほどすばらしく能力を
持っているわけではないので外的条件は犬のおやじの感知しない
さまざまな必然を経て決定されます。

これを神様と考えます。

だから、犬のおやじの周りには神様で溢れかえっています。
犬のおやじにかかわる人、もの、自然、理解しがたい現象など
コントロールできないものすべては神様です。

しかし神様はコントロールできないからと言ってただ待っているだけで
はいけません。神様がいい条件を整えてくれるように自分を律し行動し
ていないと整ってくれません。
神様を呼び込む(外的条件を整える)ことを「徳」と考えるようにしています。
徳がたまっていないといいことは起きないのです。あくまで自己責任です。

「福握以徳」(徳を持って福をつかむ)
犬のおやじの実家の家訓でもあります。

今日はオチなし


...

- 2004年02月03日(火)

奇跡というのは世の中にはない。
あるのは必然だ。

人は必然の因果を認識できないとき奇跡、運命と言う言葉を使う。

だから犬のおやじは奇跡を信じない。
必ず因果がある。ただそれを認識できていないだけだ。
因果を求めることこそ人生。
奇跡は要らない。
奇跡を求めるほど何もかもやりつくしたわけではない。
あとは奇跡だけとおもえるほど高慢ではない。

原因があって結果がある。ただそれだけ。

・・・明日、絶対、やばい。






...




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail Home