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■ 戦争ってそういうもんだろ(鋼15巻感想)
亡くなった伯父は、戦争から帰ったときすっかり人が変わっていたそうです。それまでは思慮深い優しい兄さんだったのが、刹那的な性格になっていたとか。
両親が戦中派なので、間接的にいろいろな話を聞きました。実際体験したのとでは天と地くらい差がありますけど、それこそロックベル先生の言う 「やらない善よりやる偽善」 をモットーに、聞けるだけのことを聞いておこうと思ってます。
偽善っていやぁ、久保キリコの「いまどきの子供」で、募金なんて偽善的だとうそぶく子に対し、別の子が 「良いことをしたと自己満足にひたれるし、実際足りないところにお金がまわれば助かるんだろうし、誰も困らないじゃない」 と論破するのが快感でした。ビバ偽善だよね(笑)。
意志を貫く人間が好きというキンブリー。彼がとうとうと語る戦争論は、一見事実を突いているように思えます。 しかし、どのような場所にあっても、それがたとえ戦場でも、自分のしていることにわずかでも疑問をもたない人間は、その時点ですでに人間の資格がありません。 同時に、意志を貫く事と過ちを修正しない事は等価ではありません。 だからこそ、人でもなく錬金術師でもない彼は、狂気という名の化け物に過ぎないのです。
「もし神が存在しないなら、捻出する必要がある」と言ったのはかのヴォルテールですが、鋼一本でそこまでの形而上学に迫ろうとするならば、読む方も本気を出さないといけません。
もうひとつ。 今回エドが聞き役に徹しているのは何故でしょう。 演出上、中尉の語りに対し、エドの質問や感想を挟みながら進行する手法もあったはずです。しかし戦場の時間軸から一切ずれなかったのは何故か。 おそらくは当事者でない者に、差し挟む言葉は何ひとつ許されないと、インタビューした荒川さんが感じたからではないか――そんなふうに思えてなりません。
面白かったところはいっぱいあるの。 中尉の背中の秘密、大佐との関わり、ラスト姐さんのひとコマ、松田優作化するスカー、中島みゆき化するイシュバールのじいさん、実写大佐はミッチー等々。
でもねー、いちばんヤッター!だったのは、
エドとウィンリィの相思相愛が公認になったことだわねー。
なんかもー、ザマーミロって感じよね、イロイロと(イエ、あたしケンカ売ってませんよぅ!)。
2006年11月22日(水)
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