diary of radio pollution
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ワイルドな姿。
富士山に登りたい、という人に装備、服装のアドバイスを求められる。富士山には登ったことはないが、山登りの知識と富士山に対する想像で話をしていたが、どうもそれ以前のことが気に掛かる。
登山は誰にもできるようで、準備を怠ると、些細なことでも迷惑を掛けてしまう。やはり、話をしている内に、安易に考えていることがわかった。それ以降は、下手に助言をしないように、まず富士山を登るだけの体力、覚悟があるか考えてもらうことにした。
山や自然は、それは素晴らしい。誰にでも、それを享受する権利はある。ただ、相手に容赦はない。穏やかでもあり、また厳しい。厳しさを受け入れる覚悟と準備、また体力と知識。
その厳しさが、自然を好きな理由かもしれない。
koji
と英語。
余韻は、まだまだ続く。恐ろしい程の読後感、というのかなんというのか。
人と話をしていて、気になることがあった。朗読会の趣旨にも織り込んだことだが、どうも日本語のあり方について考えてしまう。ここに書いていても、考えてしまう。
その最中、ここ最近、英語を使う機会が少しづづ増えてきた。直接的なことではなく、簡単な英訳を頼まれるのだが、これもまた日本人の受けてきた妙な英語教育のせいで、知識はあるのに実用に至っていないことを考えさせられる。
言葉の中に、暮らしている。
koji
熟睡。
前日の余韻に浸る一日。ようやく、枕を高くして眠れた。
しかし、本当のところ枕は使わない。枕は、体にあっていないようで、枕無しのフラットが一番心地よい。肌触りの良いオーガニックコットンを一枚、これがベストか。
そんなことより、前日の回想で忙しい。
koji
ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。
自身で一からオーガナイズするのは、相当久しぶりだ。慣れた音楽イベントではないので、勝手が違うこともありつつ、可能な限り準備はした。
昔、ブッキングの仕事を辞める際、また同じ仕事に戻ってくる、と人に言われたことがあった。音楽イベントという意味では異なるが、半分は当っている。
これまでにない、緊張。傍から見られて、同僚の方々に笑われる。そして、もう一人緊張を隠せない、出演者。
始まれば、後は進むだけ。楽しみつつ、裏で動き回る。
反省点もありつつ、これまで培ってきたこと、他の者では出来ないことはやれたと実感する。
最後、最高に嬉しい出来事があった。目の前で、二次元への扉が開いた瞬間だった。
koji
久々の感覚。
休日だが、自宅にて仕事。結局、どこかで片付けないと停滞。明日のことを考えると今日。
和綴じを三冊。腕は上がってきている。
明日のイベントの件で、最終打ち合わせ。今までにない、この緊張。もちろん、イベントに出るわけではない。
koji
もう縮み始めたのか。
イベント営業にて、京都時代からの知人に会う。身長が伸びたような、太ったような気がしたので聞いてみたら、こっちが小さくなったのでは、と。最近、身長なんて測ってはいないので、そうなのかもしれない。背骨もおかしなことになっているので。
長い時間立っていたので、足も限界か。
koji
酷使しているな。
通常営業もありながら、平行して動いている事柄が気に掛かる。仕事は手際よく終わらせて、家に帰る。
昨日からの続きで、懐かしい映像を見る。音楽を聴く。そして、攣ってからの足が調子悪い。足の筋肉の悲鳴を聞いたような。
koji
どうしたらよいのか。
早々起きて、頃合をみて電話。仕事の用件を取り次いでもらい、都心へ。用件を五分で済ませて、吉祥寺へと舞い戻る。そして、いつものように始まる週末の仕事。
寝不足と疲労を抱えて帰宅。昔懐かしい友人からのメール。そして、足が攣る。
koji
突っ走る。
通常営業をこなしながら、昨日から引き続き出来ることを考える。帰宅後、方々に電話をしながら、出来ることが見つかる。日付が変わる頃からチラシを千枚作る。終わったのは夜明け前。
寝る前に、昔のことを思い返す。どうしようもないほど締め切り間際で、何とか駆け込んだことを。そして、まだ、こんなことをしていた。笑えてきた。
koji
探せば、まだある。
やり残したことはないかと終日あれこれ考える。まぁ、探せばあるもので、書類を作成し送付する。うなだれる暑さ二日目。曇り空だが、湿度がまとわりつく。
自身の力のなさに痛感しながらも、仕事をしている。夜、帰り道、色々と考えながら自転車を漕ぐ。気温も下がり、少し過しやすくなる。
koji
色々と我慢。
夜行バスにて、朝の新宿着。どうやら記憶があまりないので、寝れたようだ。重い足取りで、吉祥寺へ。珈琲店にて、早速仕事に取り掛かる。その後、店へと移動し、仕事。
そして、うなだれるような暑さの中、秋葉原と中野へ。歩き続けていると、フラフラになってくる。夜行バスで、本当に寝ていたのだろうか。
中野にて、本とUSコインを購入。
そして、本当に京都へ行っていたのか疑わしいぐらいに、現実の東京に居た。
koji
Tシャツ。
夢を見ていた。祖父が出てきて、いつまで寝ているんだ、と怒られ目覚める。久しぶりに、よく寝れた。
懐かしい物に囲まれながら、あれこれと物色する。引越しの第二段。主にCDと本を取りに帰ってきた。あと、服なのだが、どうしても気に入っていたTシャツが見つからない。サンフランシスコで買ったものだが、これまでにもサンフランシスコで買ったTシャツを一枚失くしていて、これで二枚目だ。本当に行っていたのだろうか、サンフランシスコへ。
koji
動いている時間と、止まっていた時間。
目覚めると、そこは京都だった。あまり疲れていたので、珍しく熟睡していたようだ。
家までの帰路、空気の違いを堪能する。酸素の濃度が、東京に比べて濃いように感じる。帰宅後、少し休憩して、外出。
山道を愛車シュインで上る。汗が滝のように落ちる。用件を済まし、二つ目の用件へ。
京都を離れる前に挨拶をしに行ったお家へ顔を出しに行く。元気そうな顔で安心する。
そして、UrBANGUILD大工部の仕事を覗きに行く。次郎さんと久々ゆっくり話をする。元同僚の方もやって来て、懐かしい京都の光景。
その後、以前の仕事先の恩師に会いに行く。まだまだ現役七十九歳。以前にも増して顔色が良かった。
さらに、友人と車で遠出する。
帰宅後、父親と話をし、弟と話をする。
東京に居る間に、京都の時もまた進んでいた。
koji
まだまだ食べる。
出勤時から、朝ご飯に大量のおにぎりを食べさせられそうになる。朝は食べないので、丁重にお断りする。ワンパクだが、基本一日一食だ。
今宵、夜行バスに乗るので、早めにご飯を食べる。相当、食べさせられる覚悟でいたが、やはり食べることになる。おばちゃん達は、食べさせ上手だ。もちろん、料理は美味しい。
夕方、山形の方々は、帰っていった。怒涛の二日間だった。そして、後片付けをして新宿へ。
夜行バスに乗る前の雰囲気は、いつも寂しさが漂う。別れや旅立ち、様々な思いを抱え、皆バスに乗込む。
東京を離れる。
koji
やって来る。
山形の人達がイベントの為にたくさん来る。さくらんぼを食べる。郷土料理を食べる。出された物を食べ続ける。おばちゃん達が食欲に驚く。
しかし、食べてばかりで、また胃がもたれる。このワンパクキャラ、どうにかしなければ。
そして、明日も同イベント。同じ料理を、またたくさん食べて、と言われる。美味しいから食べます。
koji
徐々に散らかる。
週末以外の営業時、ブレンダーの試作をする。しかし、飲みきれないので、一日一つしか試せない。それにしても、フルーツは何を使っても美味しい。これまた太りそうだ。
夜行バスのチケットを購入。
帰宅後、ドアを開けて思い返す、ここ最近の部屋の乱雑具合。片付けたいが、その気にならない。週明けの定休日は帰省するので、片付けもお預け。
koji
食べ過ぎ。
前日、大量のカレーを食べさせられた。途中からは、自ら挑んだ形だが、完全に消化しきれない量だっただけに、日中もずっと胃がもたれる。
イベントのことを皆で考える。あれこれ様々なアイディアがあって、どこまで実現できるか。東京はイベントが多いだけに、被らないよう差別化をどこまで図れるか。
結局、二十四時間胃もたれ。
koji
占いとは。
またもや、FC東京イベント。今回は、元日本代表が不在で、その代わりにテレビでも活躍中の占い師の方。
前半は、前期試合を真面目に分析。後半は、占いにて分析。斬新な試みだっただけに、お客さんも楽しめたのではないだろうか。
今後の日程からして、今年はもうスタジアムへは行けない。残念だ。
koji
もちろん英語。
昨日の休日も結局何だかんだで仕事をしていたので、イベントの日ぐらいはと、少し遅く出勤。
そして、ロックのライブだった。そう、ロックだった。やはりロックが好きだ。ロックを聴いていなければ、今と同じ人生は歩んでいなかっただろう。そうなるとどんな人生だったろうか。考えてみると、そんなに変わらないのかもしれない。
昨今、直球のロックをやっている人はどれぐらいいるのだろうか。これだけ、音楽のジャンルは溢れ、ごちゃまぜになり、簡単に様々な機材が手に入る世の中。ギター、ベース、ドラムというセットで、英詩ロックをやっている日本人は少ないだろう、と思う。よく知らないだけで、多かったりするのだろうか。
帰宅後、csn&yを聴く。やはり良い。
koji
珈琲代が虚しい。
休日なので、いつもより少し多く寝る。それでも、以前のような爆睡ということが出来ない。昼過ぎ起床。
曇天模様でスッキリとはしない昼下がり、本当は家でゆっくり過ごそうかと予定していたが、仕事が頭の中でちらつく。仕事しようにも家でする気分になれないので、仕方なく外出。
郵便局に寄ろうとしていたのに、無意識に出勤路を走ってすっかり忘れる。
そして、休日にも来てしまう職場。少し準備をしてから、珈琲を飲みに喫茶店へ。
座った席の近くに五月蝿い女子二人。席に着き、煙草を一本吸っている間に退席してくれたので安堵。しかし、しばらくすると別の女子二人がやって来て、これが輪をかけて五月蝿い。さらに、先ほどの女子二人と話す内容がほぼ同じ。新手の嫌がらせだろうか。どうでもよい内容の会話を記憶させられてしまう。こちらが耐え切れず、退席。
帰宅後、和綴じ本作製。二冊。
koji
オーガナイズ再び。
以前から、イベント企画をして欲しいと頼まれてはいたものの、一度、足を洗った稼業に戻る気持ちも無く断っていたが、話の折、好きなことをやってくれれば良いという言葉と押しに負け、企画してしまう。
そこで出てきたのは、音楽とはまったく関係のないイベント。
その打ち合わせがあったのだが、イベントとしての基本的なアウトラインは変わらないので、準備、進行への心配事はとくになく、ただ、内容が今の自分にとって興味ある対象だっただけに、まぁ、より当日が楽しみになった。
こういう具合に人は成長なのか変化なのか、年と共に過していくのだろう。
koji
どこへ向かうのか。
やや早めに出勤。この早めというのに、遅刻しないかと、最近怯える。寝たいのに、ちゃんと寝れていない気分。
のんびりと時間は過ぎて、夕刻からイベント。長い一日を過ごした後は、足元の疲労が溜まる。
帰宅後、今宵も和綴じ本作製。手馴れてくる。和綴じ本というスキルも身に付いた。
koji
古風ですね。
ブレンダーの試行錯誤は続く。何を作っても美味しいので、選択の幅が有り過ぎて、逆に困る。
夕刻、ユザワヤで買物。
帰宅後、家で細々した作業。和綴じ本を作る。以前、友人から和綴じ本を贈られて、その際とても感心した。手作りで、スタイリッシュで、日本人の琴線に触れる物だと思う。
良い物が出来た。
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米国から。
パワフルなブレンダーがやって来る。何でも粉砕してしまう。そして、うるさい駆動音。馬力こそ全て。見事に、これぞ米国スタイル。ルックスも気に入っている。
今後のイベントについて皆で考える。これはもしや、ブッキングに片足突っ込んでいるような。そうでないと信じたいが、そのようにも思える。
それにしても、京都では実現不可能だったイベント案も、ここ東京ではカードは揃っているし、交通費、宿泊費も掛からないし、意図も簡単に実現出来そうで、つくづく首都東京の有利さを実感する。
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乗り継ぎにて。
仕事前に焙煎屋さんへ豆を取りに行く。いつもと違う道で出勤出来るので、気分転換にちょうどよい。
イベントはタイ尽くしだった。ダイエットしているはずなのに、タイ料理をたらふく食す。
タイといえば、トランジットでの空港しか知らない。足マッサージをしてもらい、気持ち良くなり寝てしまい、突然、ビクッとなって起きて、微笑みの国で失笑される思い出。もしくは、ロシア人に煙草を貰う思い出。
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ミシンを少々。
昼過、先日日暮里にて購入した生地を広げ、ひたすらパターンを起こす。ミシンを準備して、いざ縫おうとして気付く。選んだ買った糸の色が微妙に合わない。
一日、家に引き篭もろうとしていたのに、このままでは作業が止まってしまうので、夕刻前、仕方なく糸を買いに外出。ほぼ、出勤するような距離。残念でならない。
帰宅後、ミシン作業。休憩を挟みつつ、深夜まで。いや、終われば明方だった。
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旧友から。
何だか目覚めも悪い、久しぶりの休日。ゆっくり寝ようとしたが、昼前には目覚めてしまう。掃除、洗濯他、家に居るのに、どうも仕事癖がついたかのように、働いてしまう。
昼過ぎ、役所へ。ここでも、何だか嫌な感じにさせられる。どうも申請書類の見本書に記載されていた文章の誤解しやすい箇所を指摘すると、邪険な扱いを受ける。これでは指示通りに準備してきたのが馬鹿らしい。そして、貧乏独身から税金を巻き上げられる。こんなことなら、生活保護を貰う人が続出するわけだ。税金で得をする人、損をする人。現状、完全に後者だ。
やり切れない行政への思いを胸に抱き、以前から行きたかった多摩川サイクリングロードを走る。そして、川向こうへ遠征パトロール。
いつものように店内の古着を漁っていると、ものすごい発見をする。長年、探し続けていた、古着のベースボールシャツ。しかも、デザイン、配色、サイズともに良し。値段は、ありえない破格。全てが完璧だった。他、二点保護。
帰り道、またもや多摩川を走り抜け、珈琲を飲みに立ち寄り、スーパーで晩御飯の買物をしていると、古い友人から電話が掛かってくる。
いつも温厚な人間の口調を聞いていると、心も和んでくる。
今宵の晩御飯は何にするか、と聞かれ生姜焼き、と答えると、考えるのが面倒なので、俺もそれにする、とのこと。
夏辺りに、東京で会えることを願う。
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パブとホテルとヒースローの思い出しかないか。
遠く長いロードを無事に終え、休日へ向かおうとする最後の最後の出来事で、意気消沈というか、この二週間余りが馬鹿らしくなる。投げ出したらそこで終わりだが、そこは素直に、いや無理やり軌道修正。
店という場所に縛られる生活をしている為か、今まで以上に旅へ出たくなるこの頃。しっかりと働き出してからというもの、年間を通して国内外どこかへ旅をする生活をしていただけに、もはや行けないことが修行のように感じる。
数週間、倫敦へ行っていた、という人の楽しそうな話を聞き、この満身創痍の体は疼く。
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仕事上がり。
先日、近所のスーパーの野菜コーナーのレイアウトが変わった。もやしがいつもの場所に無い。遠い所へ追いやられてしまった。
毎日、夜遅くまで営業している昨今のスーパーは、この手のレイアウト変更、一部改装を深夜に一晩で行う。しかも、陳列の時間もあるので、数時間。
昨年、野暮用でこの手の場所に出入りした際、内装工事と重なることも度々あった。こちらも仕事、向こうも仕事。どちらも早く終わらせたい。深夜の熱いかけ引きが繰り広げられていた。
誰かが眠らず働いて、それを知らずに昼間の道を闊歩する誰か。
様々なことを我慢、犠牲にし、身を削り働いている人達が見る夜明けぐらいは、平穏であってほしい。
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また逢う日まで。
体も随分と楽で、眼球の奥も痛まない。目薬も常備し仕事。とりあえず、休んでいないので、体に無理がきているのだろう。
帰宅後、尾崎紀世彦の死を知る。大好きな歌手だった。日本を代表するもみあげの大先輩としても好きだった。最近の失踪も、こういうことだったのか、と。
帰り道、家の近所で狸を追いかける。
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