diary of radio pollution
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まだ、あと二ヶ月。
人災、自然災害、経済混乱等々、一段、一歩と進んでいる。変わる機会は、今だと。何があっても、せめて自分と友人だけは、信じていたい。
精一杯の小さな日々の暮らしと、詩を書くこと。手紙の返信は、これからだ。
koji
終末。
もし、今日で地球が終わりと告げられても、よいと思える日、妙に納得してしまう日。
あらゆる災害、人災が、至る所に降りかかっている。
始まりと、終わりが同じ日だったら。
koji
空は青く、風は無く。
10月初旬の連休に予定していた山登り。日程を変更し、この日に。
昨年、予定では海外の山々へ半年程の旅に行こうと準備をしていた。資金繰りも何とか達成し、あとはビザ等の細かい準備に入ろうというその最中、体を悪くした。背中と腰という、山歩きには致命傷の部位。
とりあえず、整体通いで症状は落ち着かせはしたものの、山の都合上、シーズンを逃してしまう。墨国旅行は、少し自棄でもあった。
その後、東京へ仕事で来ることとなり、海外の山々のことも遠く離れ過ごしていた五月のある日、初めて知り合った人とその山々の話になった。しかも、その一部を歩いたことがある人だった。憧れの地を踏みしめた人と、山の話に花が咲く。山の先輩との出会いであった。
それからというもの、山の先輩とメールで幾度かやり取りし、この日を迎える。お互いに久しぶりの山歩き。そして、個人的には関西以外の山の初歩き。
事前に、山の先輩から候補をいくつか挙げてもらい、北八ヶ岳に惹かれる。直感だった。行き先、ルートを考え、当日の深夜、車で東京を出発。夜の中央道を一路、長野へ。
早朝、朝焼けの中、麦草峠着。高地の朝は、すでに肌寒い。登山準備をし、七時から動き始める。当初の予定を少し変更し、一路茶臼山へと向かう。
笹に囲まれた登山道、霜の降りた道を音を鳴らしながら進む。遠くの山肌から顔を出し始めた太陽が、草木の霜を照らし眩い輝きで辺りは銀色に満たされる。
見上げると、雲一つない快晴だった。そして、無風。秋の少し肌寒い気候も申し分ない。山の天気で、こんな好条件は滅多にない。
茶臼山の展望台へと着いて、眼に飛び込む景色。パノラマの空は真青、大地の緑や茶のグラデーション。人も無く、音も無く、遠くの山々が静かに連なる。絶景を眺めながら、山の先輩に珈琲をご馳走になる。例えインスタントでも、一流店以上の味わい。
のんびりと、縞枯山、雨池峠、雨池山へと歩く。昼前、山頂のゴロゴロとした大きな岩の上に腰を下ろし、遠くの山々を眺めつつの昼食。竹で編んだ籠に入ったおにぎりと、京都の山パートナー東君ハンドメイドのアルコールストーブで作ったお味噌汁。
この季節、暮れるのも早くなり始めているので、帰路はルートを変更し、縞枯山荘を抜け、山頂駅へと向かう。近づくにつれ、人が増えてくる。そこは、何てことはない、ただの観光地。伊吹山のように、せっかくの山気分も半減してしまう。
人から逃げるように、南下。木漏れ日の苔生す道を抜けて麦草峠へ。低くなった太陽が、枯草を金色に彩る。
どれだけ贅沢で幸せな一日だったのだろうか。
koji
時が経つにつれ、色も平坦に薄くなる。
久しぶりに、ギターを弾く。少しリハビリが必要な気がする。ただ、妙な癖も出ないので、ここまで放置したのも良かったかもしれない。
オルタナの波がやって来る。幾度目か。数えるのも馬鹿らしい。生活からの衝動か、歪んだ音を轟音で掻き鳴らしたくなる。しかし、そんなことは、しないし、できない。
京都以来だろう、早朝まで心のゆっくりとした時間を過ごした。夜半、外は嵐。明けて、外を眺めると、滅多に見れない美しい朝焼け。
この時間の為に、今日も一日が始まる。
koji
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