diary of radio pollution
Diary index|past|will
文学。
先日、部屋の掃除をしていて、いわゆる積読の中からある一冊の本を発見した。世界中のあらゆる言語で翻訳された有名な作品なのだが、何故だか今まで手に取る気もせずに未読。
たまたま弟の部屋にその本が転がっていたので、何気なしに借りたまま数ヶ月経過。そして先日、タイミングよく次に読む一冊を選んでいるときに、目が合った、というかタイトルが素直に飛び込んできたのでページを開いてみることにした。
この作品、青春文学の金字塔とかスタンダードと扱われているだけあって、物語が進んでいくほどに、若い時に手に取っていればよかった、とつくづく考えさせられる。主人公の年からすれば十歳以上も年上だが、今なお楽しく読める。
若い頃、渡米中に偶然知り合ったアメリカ人から後日俺のオススメとして送られてきたCD、レコード、雑誌等が入った小包の中に、この作品のオリジナルが入っていた。趣味の良い奴だっただけに、おそらく良い作品なんだとは思ったが、英語なんて勢いだけでほとんど理解もできていなかった頃なので、原文はさすがに恐れ多く、今まで本棚で眠り続けてきた。
いよいよ原文を読んでみる頃合なのかもしれない。
koji
夜、大雨。
日付が変わった頃、床に就いた。屋根を叩く雨の音は、リズミカルに近づいては離れ行く。嵐に対する不安、危機感は、本能的に眠らせまいとしているのだろうか。そんな時、必要以上に脳は冴えてくるばかりで、余計な想像が頭を埋め尽くす。
仕方なく、明かりを点けて、読みかけの本を手に取る。分厚い伝記で、最初のページを開けてかれこれ数ヶ月は経過している。しばらく読まない時期もあったので一冊にしては付き合いも長い。
一章読み終えては、灯りを消し、横になってみるものの雨音だけが響き、また良からぬ想像が広がるばかり。そしてまた、灯りを点し、本を開く。幾度か繰り返す。
梅雨も終盤に差し掛かったこの頃は、明けるのも早く、庇で雨宿りする雀の鳴き声が耳に入ってくる。手元のページもあと僅かになり、人生もいよいよ最後を迎えようとしていた。こちらは朝から外出しなければならないのに、もう寝ようなんてことは考えず、見届ける気持ちでページを捲り続けた。
目覚ましのアラームをセットしていた頃、一人の作家の人生の末路を速い速度で駆け抜け、読み終えた。
偶然にも誕生日が同じだった彼女には、作品を超えた親しみを覚えた。
koji
旅に出て、規則正しい生活を。
午前に起きて外出。本日の行き先を決めて街を歩く。一日あれば、ある程度の道、方角、ランドマーク等の全容は把握完了。公園の木陰や街角のベンチで一休みし徹底的に寛ぐ。昨日とは異なる場所、ベンチ、花壇を選択。昨日、節約したなら偶然見つけた気になるカフェへ。ブラック珈琲と甘い物もよいだろう。昼過ぎに始まるランチ時、適当な食堂で一日一食の食事を取る。必ず昨日とは異なるメニューを試す。チップをさり気なく置き、去る。往来を眺めながらの一服。お気に入りの冷えた2ℓミネラルウォーターを購入。市場を闇雲に止まらず歩いてから安ホテルへ。数時間の沈黙、詩作。日が暮れたらシャワーを浴びる。数時間の沈黙。一日の限界を向かえる。
旅先半分、頭中半分。
koji
radio pollution
|