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2018年04月29日(日) ■ |
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Vol.866 最後の奉公人 |
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おはようございます。りょうちんです。
先日、伯母が父と母と話している時、突然「そうさん」の話題になった。そうさん。誰からも好かれてそう呼ばれていた気の良い彼は、実家のすぐ裏のお宅にいたおじいちゃんだ。俺がまだちびっこだった頃の話だ。 実家の裏のお宅は、屋号からもわかるように、昔はかなり大きな染物屋だったらしい。我が家とは比べ物にならないくらい広大な敷地に母屋と離れと蔵があって、錦鯉が泳ぐ池を有した日本庭園もあって、要するに畑も田んぼもたくさん持っている代々の地主さんだった。離れと蔵のさらに奥に小さくて質素な建物があり、そうさんはそこに暮らしていた。俺は子どもだったから長い間そうさんは裏のお宅の家族のひとりだと思っていたが、そうではなかった。そうさんは、裏のお宅で雇われている使用人だった。 そうさんよりもまだ相当若い裏のおじさんに、いつもそうさんは怒鳴られていた。そうさんを見かけるたびに、庭の掃除をしたり木々の剪定をしたり畑で採れた野菜を洗ったり、いつもこまごまと働いているのに。おじさんは早くやれだの次はこっちだなど容赦なく怒鳴りつけていた。だから俺は裏のおじさんのことが本当に嫌いだった。それでもそうさんは嫌な顔もせず、いつも休みなくせっせと働いていた。 どういう経緯かはわからないが、終戦直後、兵隊から戻ってきたそうさんは裏のお宅の奉公人となり、以後30年以上に渡ってずっと仕えてきた。昔はそんな奉公人が他にもいたらしいが、俺が知っているのはそうさんだけで、おそらく近所では最後の奉公人だったと思う。奉公というくらいだから、ちゃんとまともにお給料をもらっていたかどうかわからない。昭和もあと10年足らずで終わるという時代、そんなふうに生きていた人がいたなんて、今ではとても信じられないが。 身寄りのないそうさんはその後、高齢者施設に入ったらしいが、その施設内でもいつも草むしりなどしたりしてそうだ。彼は生涯、働き者なのだ。年齢的にもう亡くなっているだろうが、なんだかすごく懐かしくなった。
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