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りょうちんのひとりごと
りょうちん
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2007年07月07日(土)
Vol.695 九州男児のクオーター

おはようございます。りょうちんです。

俺のルーツを探るシリーズ・その5。
かなり前にここでも記したことがあるが。母方の親戚が阿蘇山の麓に住んでいて、その中に戦争で片腕を失ったおじさんがいる。そのおじさんが、2年ぶりに千葉にやってくることになった。前回上京してきた時はお互いの都合が合わず会えなかったが、今回俺はおじさんに会いたい一心で無理に仕事を休みにした。
熊本空港から羽田までは飛行機で来るのかと思いきや、なんと19時間かけて電車で来たんだそうで。待ち合わせの駅へ向かうと、長旅を終えたばかりのおじさんがすでに待っていて、俺らは実に31年ぶりの再会を果たした。最初は俺が誰だかわからずきょとんとしていたおじさんだったが、成長した俺だとわかると親しげに目を細めて笑いながら、久しぶりの握手を交わす。今回おじさんが上京した目的は、祖父の墓参り。さっそく車を出して、祖父の眠る墓地へと向かった。86歳とは思えないほど足腰はかくしゃくとしていて、歩くのも階段を上るのもとても早く、母は先に行ってしまうおじさんを何度も呼び止めていた。
それにしても、片腕だけですべてをこなすおじさんのなんと器用なこと。ちびっこの頃におじさんを見て俺はかなり衝撃を受けたが、無理もない。夕食の席で俺の向かいに座り食事をするおじさんを見て、改めてそれがいかにすごいかがわかった。
弾む会話の中、前から聞きたかった疑問をおじさんにぶつけてみた。なぜ祖父は、九州からはるばる千葉にやってきたのか? 考えてみれば、阿蘇山の麓で生まれ育った祖父の血を俺は受け継いでいる。つまり、九州男児のクオーターになるわけだ。ビールを飲みながら上機嫌の赤い顔で話すおじさんは、酔いが回って半分以上が熊本弁でよくわからなかったけれど。母のフォローも手伝って、俺は祖父の幼少時代の話や戦後のドタバタの中で苦労して千葉にやってきた経緯などを、興味深く聞いていた。俺の遠いかすかな記憶をたぐりよせていくと、昔を懐かしみながら話すおじさんの目元がなんとなく祖父に似ているなぁと思った。