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2004年07月31日(土)
笑顔で写真にうつれない理由

「三谷幸喜のありふれた生活3〜大河な日々」(三谷幸喜著・朝日新聞社)より。

【僕のように容姿に自信のない人間は、プライベートではまず自分の写真をを撮らない。実家にある家族のアルバムの中にも、思春期以降の僕の写真はほとんどない。結婚してからは、妻や犬猫たちと写真を撮るようにはなった。年に1回、夫婦の肖像を写真館で撮り続けてもいる。だが、いまだに写真の中の自分を正視することは、なかなか出来ない。
 自分の顔が嫌いというのは、どういうことなのだろう。写真を見てげんなりするのは、なぜ。本当はこんなはずではないと思っているから?自分の顔に何を期待しているのか。マネジャーの白井美和子さんは、「それは逆の意味での自意識過剰ね」と言う。かもしれない。

(中略)

 そういえば、同世代の劇作家と対談したとき、ビジュアル系の彼は写真撮影の前に専属スタッフにメイクをしてもらっていた。「守るべきイメージ」がある人は、それはそれで大変だ。
 ひとつだけ、撮影のときに困ることがある。カメラマンの皆さん、どうか僕に「笑って下さい」と注文しないで下さい。ますます表情が硬くなるし、普段、人に笑ってもらう仕事をしている人間は、「笑い」に関して敏感なのだ。「笑って下さい」と言って人が笑えば、こんなに楽なことはない。だからその言葉を聞くと、いつもちょっとだけ腹が立つ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕も白井さんが仰るところの「逆の意味での自意識過剰」で、自分の顔を鏡で正視するのが大の苦手なので、ここで三谷さんが書かれていることはよくわかるような気がします。
 「自意識過剰」という意味では、「自分の顔を鏡に映してウットリ」という人と同じなのかと考えると、どうせだったらそういう顔に生まれてみたかった、などとも思うのですが。

 ところで、この後半部分の「笑って下さい」に関する文章を読んで、僕は長年の疑問が氷解しました。
 「どうして自分は、写真撮影で『笑って下さい』と言われると、あとで見たら自分で悲しくなるような『引きつった表情になるのだろうか?」と、ずっと悩んでいたのです。
 あれは「笑おう」=「楽しいことを思い出そう」と考えている限りは、絶対に僕にはムリなんだなあ、ということがよくわかったのです。
 というか「自然に笑おうといくら努力したところでムダ」ということなのでしょう。
 実際に「カメラの前で素敵な笑顔を見せられる人」というのは、おそらく「笑おうとしている」のではなくて、「『笑っている顔』という表情を作ろうとしている」のですよね。
 別に楽しいことを考えているわけじゃなくて、頬の筋肉をこのくらい緩めて、目はもう少し開いておいたほうがいいかな、とかいうプログラムが頭の中で作られていて、「笑顔」が必要な状況で、意識的・あるいは無意識的にそういう表情ができるようになっているのではないでしょうか。
 確かに「写真を撮られるのが好きで好きで自然に笑顔になる」という人もいるかもしれませんが、別に面白くもないのに「笑って」といわれても「自然に笑える」わけがないのです。
 「自然な感じの作り笑顔」は可能だとしても。

 「自分は写真うつりが悪い」と僕などはいつも憂鬱なのですが、鏡も見ず、自分が写った写真も見ないという不勉強ぶりでは、写真うつりが良くないのも当然ですね。
 努力してもムダ、という結果を自分で出してしまうよりは、「写真うつり悪いからなあ」なんて言い訳ができるほうが精神的にマシなのかな、という気もするのだけどさ。



2004年07月30日(金)
「真実を伝えないテレビ局」と「空気が読めない女」

夕刊フジの記事より。

【TBS、また勇み足? TBSがニュース番組で、代理母出産で双子の男児の母親になったタレント、向井亜紀さん(39)の講演を取り上げた際、「生みの親」を批判する印象を抱かせるように報道していたことが30日、分かった。向井さんは自身のホームページ(HP)で猛抗議したうえ、HPを閉鎖して“断筆宣言”。一部の発言の前後をカットして流したために誤解を招いたようだが、石原慎太郎発言に続き、またしてもTBSのVTRをめぐる泥沼の大紛争が勃発(ぼっぱつ)した。

 問題のニュースは26日午前零時半(日曜深夜)からの「JNNニュース」。25日の向井さんの講演を取り上げ、「生みの親より育ての親。分娩(ぶんべん)しただけの人が親といえるでしょうか」という発言を放送した。

 この向井発言に、視聴者の一部が猛反発。「『分娩しただけでは、母とはいえない』とは、何てひどい言い方をするんだ」など、多くの抗議が寄せられたという。

 実際の講演では、向井さんが目にした虐待を受けた女の子のエピソードを紹介した上で発言していた。「あの言葉の前には、“虐待の現状を垣間見て”という限定の言葉があり、あの言葉の後には、“その子へ愛情を注ぎ、幸せにしてあげたいという意思がなければならないと思いました”という、述語がつながっていたのです」(HPより)。
 つまり、発言の前後がカットされたため、発言が“独り歩き”してしまったというのだ。
 向井さんは、「前後の脈略をまったく無視した編集の仕方」(同)と批判を展開。さらに、これを機に今月いっぱいでHPを閉鎖することを宣言した。
 向井さんが所属する高田道場は「HPがすべてです」とコメント。裁判沙汰にするかは「わからない」と話しており、今後が注目される。

 一方、昨年11月の「サンデーモーニング」で石原慎太郎都知事の発言を正反対の発言として誤報し、今年2月に慎太郎知事から名誉棄損で警視庁に刑事告訴されたばかりのTBSは、「『サンデー』の件は聞き取りミスが原因で、今回と同じにされては困る」(広報部)とご立腹。

 ただ、「発言の趣旨を正確にお伝えできなかったことがあるとすれば本意ではないので、誤解がある部分は解き、謝るべきところは謝りたいと考えている」(同)とコメントしている。】

〜〜〜〜〜〜〜

 これは酷いですねさすがに。代理母出産をされた向井さんだけに、【生みの親より育ての親。分娩(ぶんべん)しただけの人が親といえるでしょうか】という発言が、いっそう波紋を呼ぶのも間違いないことで。
 この記事の内容が事実なら、TBSの報道というは、本当に「どうしようもない」としか言いようがありません。
 「お前たちはバカじゃない!」という発言だって、「お前たちはバカ」のところで切ってしまえば、正反対の意味になるのに。
 おそらく、この人たちは、視聴者にインパクトを与えるために、故意に発言の「編集」をしたのでしょう。

 これにしても、世の中というのは怖いもので、この向井さんの発言のように「作為」が加えられていない場合でも、他人の発言を自分で勝手に解釈して非難する人というのは、けっこう多いような気がします。
 表現がわかりづらいとか、言葉が難解だというような、発信側に問題がある場合はさておき、「前後の文章を読めば、そんな意味じゃないことはわかるだろうに…」というようなものに対して、自分で勝手に解釈して、その発信側の意図とは異なる内容について批判してくる人というのは、けっして珍しい存在ではないのです。
 「人の話に聞く耳を持たない人」って、かなりいるのです。
 発信側は、自分が言ってもいないことに対して非難されても、「そんなつもりで書いたんじゃない」としか言いようがない。そうすると、「反論もできないのか!」「お前が言ったんだろ!」ということで大威張り。ほんと、批判するだけの人はラクでいいですよね。
 この件に対しては、向井さんに心より御同情申しあげます。

 しかし、僕はこんなことも考えるのです。
 このTBSの人たちは、たぶん、向井さんにだけこういうことをやっていたわけではないだろうな、って。
 石原都知事や向井亜紀さんは、「反論する手段」を持っている人たちです。でも、反論する手段を持たない人々は、このメディアの横暴に対して、おそらく泣き寝入りを余儀なくされてきたのでしょう。
 松本サリン事件で犯人扱いされた河野義行さんなどは、翌年にオウムの地下鉄サリン事件まで、ずっと犯人扱いされていたわけですから。
 そして、河野さんには、石原さんや向井さんのような反論の手段は無かったのです。抗議しても、最初は誰も相手にしてくれなかったのだから。
 向井さんは、まだ「マシな被害者」だったのかもしれません。

 僕は、向井さんが苦手です。それは、向井さんが、さんざんメディアの力を利用して示威行動していながら、自分の意に染まないメディアに対して、強い否定を繰り返してきたからです。
 「そりゃあね、あなたも大変なんでしょうけど…」と僕も思いますし、代理母出産の是非については、今のところ判断しかねます。
 でもさ、荒らしも辛いだろうけど「断筆」とか言って、代わりにドキュメンタリー番組や本で主張できる人はいいですよね、ほんとに。
 そのほうが、お金にもなりますし。



2004年07月29日(木)
「約束された場所」は、どこですか?

「どこかで誰かが見ていてくれる〜日本一の斬られ役・福本清三」(福本清三・小田豊ニ共著、集英社)より。

(「2万回斬られた男」こと福本清三さんの聞き書きによる本の前書きの一部です。)

【人には誰でも「約束された場所」がある。
 その場所に行くと、なんだか心が落ちつき、ここにいるために自分が生まれてきたと確信できる場所、それが「約束された場所」である。
 神父なら教会、医師なら病院、教師なら学校、パイロットならコクピット、画家ならアトリエ、サラリーマンなら会社、そして主婦なら台所かもしれない。
 そして、その場所を一生かけて探すのが「人生」だとするならば、福本さんの一生を象徴する居心地のいい場所は、いったいどこなのだろうか……。
 とうとう、福本さんに前もって聞くこともできないまま、僕は、京都に会いに出かけることになった。
 福本さんに、僕の願いが通じた。
「約束された場所」で、福本さんは「えらいこっちゃ」と笑いながら、初体面の僕を待っていてくれたのだ。
 福本さんが、最も心が安らぐ場所−
 それは、撮影所の掲示板の前だった。】

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 この「撮影所の掲示板」というのは、いわゆる「大部屋俳優」(台本もない、いわゆる「チョイ役」の役者たち)たちの役柄が貼り出される場所なのです。そこで今日一日の「仕事」を確認するのが、福本さんたち「大部屋俳優」の日課。
 福本さんは、この掲示板と自分の役柄について【「台詞なんかありますかいな。あれば、台本をくれますがな。台本なんか必要ない役やから、掲示板に私の名前が書いてあるんです。】と語っておられます。
 福本さんは、その日の撮影内容に応じて当日に貼り出されるこの掲示板を40年間ほとんど見続けてきたわけなのです。
 それも、「町人A」とか「刑事部屋の隅にいるだけの刑事」とかを演じるために。

 大ヒットした「ラスト・サムライ」で、主人公のオールグレン大尉を常に影のように見張っている「寡黙なサムライ」で大ブレイクした福本さんですが、彼のキャリアの大部分は、40年を超える「大部屋人生」でした。それにもかかわらず、「主人公をカッコよく見せる斬られかた」にこだわり続ける福本さんの生きざまには、なんだかすごく人の心を動かすものがあるのです。「どんな端役でも、好きでやっているというのは、やっぱり美しいものだなあ」なんて僕も思います。
 実際は「生活のため」という時期もあったでしょうし、「少しでも目立つための努力」というのもされたみたいなのですけどね。
 それでも、「大部屋俳優」という世間からみたら「割に合わない仕事」のなかで、自分のベストを尽くして、いい作品にしようと努力し続けた姿というのは、とても魅力的に見えるのです。
 そして、「約束された場所」というのは、たぶん、その職種とか社会的地位に関係なく、こういう「自分という人間にこだわり続けた人」にしかないのだろうなあ、という気がするのです。
 今の僕は、病院にいても「ここが自分の居場所だ」なんて自信を持って感じることはないですし、おそらく社会人・家庭人のなかで、自分の職場や家庭をそう言い切れる人は、少数派なのではないでしょうか?
 小田さんが書かれているような「約束された場所」というのは、その仕事を愛し、その仕事に愛された者にだけ与えられる特別な場所。

 「撮影所の掲示板の前」が「約束された場所」だという人生は、正直、あんまり羨ましいものではないのかもしれません。御本人ですら「スターになりたかったなあ…」と思われることもあるでしょう。
 でも、「万年大部屋俳優」の福本さんは、僕にはなんだかとても幸せで、魅力的な人に見えるのです。僕にもいつか「約束された場所」ができる日が来るのだろうか。

 あんまりみんなに愛されては、「斬られ役」としては不本意なのかもしれませんけどね。



2004年07月28日(水)
「サブカル娘」の悲しきカンチガイ

「わたくしだから改」(大槻ケンヂ著・集英社)より。

【80年代の裏本なみにエゲツない写真もあった。
 パンチラぐらいのもんだろうとタカをくくっていた僕は、アワワワと本人の前で狼狽してしまった。
「裏表紙も見てね」
 けっこう仮面に言われるまま見ると、何やらフィルムに入った糸くずのようなものが貼りつけられていた。けっこう仮面が言った。
「剃毛した”毛”を一冊に一本ずつ封入するんです」
 わからない。わからない。何が田舎から来たサブカル娘にそこまでやらせるのかがわからない。まったくわからない。抑圧された表現衝動の暴走といったある種のヒステリーなのであろうか?「女優になるためにAVに出る」みたいな勘違いなのだろうか?サブカル世界でのステップアップの手段を、履きちがえているのだろうか?
「何かインパクトのあることをしたかったんです。普通の写真じゃつまらない。けっこう仮面や電波人間タックルやシュシュトリアン、そういったマニアなキャラクターが縛られたり剃毛されたりしたら、すごい驚きじゃないですか」
 いやしかし誰のコスプレしてても裸になったら同じじゃないの、と心でつっ込みつつ、もしかしたら彼女の中で、これこそがアートだったりするのだろうかと思ったり、けれど誰が見たところでエロ本だという哀しき意識のすれ違いに、この若きコスプレ書店員がいつか気が付くのか、気付いた時に半永久的に残るであろう若き日の緊縛ヘアヌードな自分とどうやって折り合いをつけるのか、老婆心ながら、同じように少年時代、モンモンとしながらサブカル世界に憧れていた者として、ちょっと心配だったりするのだ。】

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 これは、大槻さんが取材した、とある巨大マンガ専門店の名物コスプレ店員さんについて書かれた文章です。
 そして、僕もこれを読んで、ものすごく心配というか、哀しくなってしまって溜息をひとつ。

 昨日、中島らもさんの訃報を聞きました。
 中島さんといえば、アルコール中毒を題材にした「今夜、すべてのバーで」という傑作で文学新人賞を取ったり、大麻解放論者として有名(正直、どのメディアでも、中島さんをこういう切り口でしか取り上げていないのには、僕はすごく残念な気はするのですが)な、いわゆる「ドラッグ」とか「アルコール」に溺れた、破滅型作家、というイメージが世間的にあるようです。
 そしてたぶん、世の中には「中島らもに憧れて」酒に溺れてしまったり、ドラッグにハマってしまった人もいるのではないかなあ、と。
 らもさんの作品は単純なドラッグ礼賛ではないですし、冷徹なほどキチンと「ドラッグに溺れる人々」が描写されており、多くの人は「ドラッグの恐ろしさ」を認識させられると思うのですが、その一方で、そういう「破滅する人生」に憧れてる人も少なくはないのでしょう。
 それは、「中島らもの罪」なのかどうかは、僕にはなんとも言えないのですが…

 世界には、メインストリートから外れて生きようとする人たち、いわゆる「サブカル者」とう人種がいます。
 でも、僕は彼ら(あるいは彼女ら)には、2つの種類があると思うのです。
 ひとつは、「自分が好きなものが、『サブカル』になってしまう人」。
 そしてもうひとつは、「自分が特別な人間であることを世間にに主張するために『サブカル志向』になる人」。
 実際、世間の「サブカル者」の大部分は、後者に属すると僕は思っています(僕もそうです)。
 中島らもさんみたいに「そういう生き方しかできなかった人=リアルサブカル者」は、ごく稀にしか存在しないのではないでしょうか。
 それなのに、多くの人は、「本当は普通の人」であるにもかかわらず、「自分が他人と同じではない」ということを証明するためだけに、「サブカル趣味」に走ってしまうのです。
 もちろん、それが「趣味」の範囲であれば、ちょっと出費がかさむくらいで、あまり大きな問題にはなりません。
 でも、この大槻さんが書かれている店員さんみたいに、「勘違い」してしまう場合も少なくないような気がするのです。
 「中島らも」の生き方が許されるのは、彼がその「依存」と同時に多くの人を唸らせる「能力」を持っていたからで、らもさんが「天才クリエイター」でなければ、周りの人たちにとっては、単に「迷惑な人」でしかなかったでしょう。
 でも、結局多くの信者は、真似しやすいところ(そして、真似してもあまり意味のないところ)だけ真似して、「自分も特別な人間」だと勘違い。

 この「ヘアヌードになってしまったコスプレ店員さん」が、「リアルサブカル者」だったのか、「自己主張としてサブカル志向に走ってしまった人」なのかは、この話だけでは僕には断定できません。
 でもねえ、自分では「個性を主張しているつもり」で、実際はオトナたちにうまく利用されているだけ、って「サブカル者」は、けっして少なくはないのです。
 そもそも、「似非サブカル者」の多くは、自分好みのものじゃなくて、「サブカル者たちが好む商品」に追随しているだけなのにさ。



2004年07月27日(火)
もう、レンタルすら面倒になってしまった貴方へ

共同通信の記事より。

【総合商社の双日は27日、1週間に限って視聴できる映画やアニメーションのDVDソフトを、525円で子会社の「イービストレード」(東京)が国内で初めて発売すると発表した。
 通常2000−3000円するDVDを、レンタル並みの格安で購入でき、返却などの手間がいらないのが特長。
 来月4日から関東地方1都6県と山梨県内のコンビニ「am/pm」の一部店舗で販売。将来はガソリンスタンドや書店でも扱うようにし、2007年度で30億円の売り上げを目指す。
 購入後、電子メールを使って取得したパスワードをDVD再生機で入力すると1週間視聴できる。315円払えば、さらに1週間延長できる。
 当初は香港映画の「少林サッカー」やアニメ「新キューティーハニー」など5作品を販売。1カ月ごとにタイトルを入れ替えて固定客を増やす考えだ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 そういえば、最近レンタルビデオ店に行かなくなったなあ、なんて、僕はこの記事を読みながら考えていたのです。
 僕にとってレンタルビデオ、レンタルCDが身近になったのは、大学に入ったときからですから、今から15年くらい前、ということになります。
 それまでにも、当時はイリーガルな雰囲気を漂わせていたレンタルレコード店に行ったりはしていたのですが、僕がひとり暮らしを始めて自由時間(というか、暇な時間と言ったほうがいいかも)が増えたため、必然的にレンタルビデオ店を利用する時間は増えました。もちろん同級生や部活の人たちと一緒に観たりもしましたし。
 それまでは、「観たくても映画館で観られなかった映画は、テレビで放映されるまでひたすら待つ(そして、それを録画する)」、もしくは、1本1万円以上もするようなビデオを買うしかなかったわけですから、この「レンタルビデオ」というのは、本当に革命的な娯楽だったのです。
いつでも好きなときに、好きな映画が観られる、なんて、いい時代になったものだなあ、とつくづく思ったものでした。「レンタル中」の札にガッカリさせられることはあったにしても、仕方なく借りたちょっと古めの映画が「当たり」だったりするという楽しみもありましたし。
 もっとも、当時の僕の周りでは、「1泊2日で500円」くらいの価格設定が標準でしたから、けっして「ものすごく安い娯楽」でもなかったのですが。
 それでも、レンタルビデオのおかげで観られた映画というのは、けっこう多かったような気がします。

 でも、僕はこの数年間、ビデオをレンタルした記憶がないのです。
 ひとつは、引越しをしたあと、引越し先の土地で新しくレンタル会員になるのがなんとなく面倒だったこと、そしてもうひとつは、「返しに行くのが手間」なことです。
 今はセルDVDもびっくりするくらい安くなりましたし、何の生産性もない「借りたものを返す」というだけの行為のために、時計を気にしながらレンタルショップに行くというのは、なんとなく気が進まなくなってしまうのです。もちろん、余裕のあるときは、返しに行って、また新しいのを借りてくればいいのですが、「何日までに返さなきゃ!」というのは、けっこうプレッシャーだったりもするんですよね。
 ネットと本があれば、「暇だなあ」なんて感じる時間もあんまりないし。

 というわけで、レンタルビデオから疎遠になっている僕としては、この商品は魅力的ではあるのです。「返しに行かなくてもいい」というだけで、かなりプレッシャーは軽減されますし。もっとも、「1週間経つと観られなくなる」というのは同じことなんですけどね。
 「延滞料金」の恐怖から解放されるだけでも、だいぶ違うかな、なんて。
 でも、この商品、ちょっと気になるところもあるのです。
 それは、観られなくなったあとのDVDって、空DVDになるわけでもないでしょうから、すごく勿体無い気持ちになるし、邪魔にもなるのではないかな、ということ。
 そして、もうひとつはそのラインナップです。
 僕が本屋とかレンタルビデオ屋に行くのは、「商品を買う」ことだけが楽しみなのではなくて、本やビデオが並んでいる棚を見て、今ヒットしているものとか、棚の隅に潜んでいる、自分にとっての「掘り出し物」を探すという楽しみもあるのです。
 実際に、コンビニでも買えるようなベストセラーや週刊誌だけ買う客が、かえって探すのが面倒なのではないか?と傍目では感じるような大きな書店でそれらの本を買うのは、きっと「ウインドウショッピング」みたいな要素も含まれているのでしょうし。
 同じ「少林サッカー」を手にするのでも、「たくさんの中から選ぶ」のと「選択肢がほとんど無い」のとでは、やっぱり、何か違うのです。

 それにしても、映画というのが身近になるにつれ、その「ありがたみ」みたいなものって、薄れてきているような気がしませんか?
 あまりに忙しいと、「誰かこのDVD、僕の代わりに観ておいて!」とか思うことすらあるのです。



2004年07月26日(月)
「72時間映画を観続ける方法」教えます

ロイター通信の記事より。

【シンガポールで、住民3人がショッピング・モールにセットされた長いすに座って、36本の映画を72時間見続けた。3人は映画観賞時間で世界記録を達成したと主張している。
 地元メディアが26日伝えた。
 ギネスのワールド・レコードに承認されれば、昨年ニューヨークで11人が達成した66時間半の記録を抜くことになる。
 3人のうちの1人は、「一番きつかったのは朝で、幻覚が見えて、頭がボーっとしている。基本的にはスクリーンを見ているけれど、何も覚えていない」と述べている。】

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 世の中には、こういう何の意味があるんだかわからないことを一生懸命にやる人というのは、あとを絶たないのです。とはいえ、「ギネスブックに載る」というのは、多くの「名も無き人々」にとっては、人生最大の偉業になりうることなのは、言うまでもないのですが。
 それにしても、この「映画を観続ける」という種目は、あまりに定義が曖昧ではありますよね。「幻覚が見えている状態」とか「スクリーンを見ているけれど、何も覚えていない状態」なんて、「観続けた時間」に加算してもいいのでしょうか?もちろん、「ただ映画館の中にいて、不眠不休でスクリーンに顔を向けていただけ」にしても、どんな映画好きでも苦行には違いないとは思うのですが。

 ところで、僕がこの話を聞いて考えたのは、「彼らは、どんな映画を観ていたのだろうか?」ということです。そして、もし僕がこの記録に挑戦するとしたら、どんな映画をどんな順番で観るだろうか、と想像してみました。
 もちろん、映画館サイドの都合は抜きにして。
 「スパイダーマン」は、面白いけど観終わったら疲れがドッと出そうだよなあ、とか、「ロード・オブ・ザ・リング」は、10時間使うには最強かもしれないけど、シリーズを観終わったら、僕も記録への旅を終えたくなりそうだなあ、とか、逆に、「ピアノ・レッスン」とかは淡々を観られそうだけど、途中で寝るかもしれないよなあ、とか。
 面白すぎる映画とか感動しすぎる映画ばかりでは体がもたないだろうし、逆に、退屈な映画ではまちがいなく沈没します。

 ひとつ思いついたのが、「僕が覚えている映画を子供の頃のものから順番に観ていく」という方法。僕が映画館で最初に観た映画は、小学生のときに観た「ドラえもん〜のび太の恐竜」だったと記憶しているのですが、そこからはじめて覚えている映画を年代に沿って観て行くのです。
 どうしてそんな観かたを考えたのかというと、おそらく、そういうふうに順番に観ていけば、映画の内容はもちろん、「あの頃はこの映画を観ながらこんなことを考えていたなあ」とか「この映画は、あの女の子と一緒に観たよなあ」なんて、映画の内容の他に(あるいは、映画の内容以上に)、自分の記憶のなかで時間を潰せるのではないか、と思いついたからです。
 古い映画には、その内容と同時に、それを観たときの自分の状況とか心境みたいなものが、けっこう詰まっているんですよね。
 
 これって、人が死ぬときに「生まれたときからの記憶がずっと流れていく」と言われているのと同じようなものかもしれません。もしかしたら、この現実というのは、僕が観ている「走馬灯のような記憶」の一部なのかも、なんていうことを、ときどき考えてみるのです。



2004年07月25日(日)
変わらない「新しい家族」

「ほんとに建つのかな」(内田春菊著・祥伝社)より。

【その後、お義父さんは家を見に来て、「みんな集まれ!」と孫を集合させて高額のお年玉を渡し(しかも私もその全額と同じ額のお年玉をちょうどお義父さんたちに用意してあり、結局そのままお返しするいやな嫁)、さんざんとんちんかんな感想を述べ、最後は和室でみんなに背を向け寝転がってテレビを独り占めしてボクシングの試合を見続け、全員で食事に行くことも無言で拒否した(途中子どもたちと散歩に行ったとき、自分だけいつも食べないハンバーガーを食べて食事を済ませてしまったのだ)。ユーヤがワインを勧めても、「ワインはいらない!ビールが一杯あればいい!」と彼に背中を向けたまま言っていた。もちろん百万返した件や、大喧嘩したことについて何の話し合いもなし、完全にそれらの話は無いことになっている。私は、「お義父さんは、いったい何しに来たんですか?」と聞きたいくらいだった。
 この人は、変わらないんだ。私はお義父さんの背中を見ながら遅すぎる結論を出した。私の方はもう出来るだけのことはしたつもりだ。その後もまだ健康に自信のないお義母さんを置いて一人でハワイ行ってご機嫌で帰って来たりしているようです。眼のことも、お義母さんとトモくんは二人で「もっと早く病院に来なければだめじゃないか!」とお医者にものすごく叱られたらしいが、その話を聞いている時、横で何故か「今度はもっと早く行かないとな!」とお義父さんが言うのを聞いた。なんでそのお医者はトモくんでなくお義父さんを叱り飛ばしてくれなかったのだろう。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この話の伏線には、緑内障で倒れて入院したお義母さんに「ずっと目薬をさし続けた」トモ君(義父母と同居している、ユーヤさん(内田さんの夫)の弟)に対して、【いつも通りの時間まで文具店をやって、閉店時間になってからやっとお義母さんのもとへ行った】お義父さん、という事件があったのです。
 その状況で「今度はもっと早く行かないとな!」とお義父さんに言われれば、お義母さんとトモくんは、「ハァ?」という気持ちだったに違いありません。
 
 でも、世の中にはこういう「常に自分は正しい、という基準でしか、世界を解釈できない人」というのは存在するのです。この義父さんは、そんなに珍しい存在ではない。そして、こういう「自分中心の人」である義父さんにとっては、内田春菊さんという、「自分中心の嫁」というのは、非常に扱いにくい存在に違いありません。
 もちろん、この本を読んでいると、「そりゃ、こんなお義父さんがいたら、なんかイヤだなあ」と思うのですが、その一方で、自分が義父側に立って考えれば、内田さんのような「こちらを立ててくれない嫁」というのは辛いだろう、とも感じます。だからといって、なにもみんなの前で拗ねてみせる必要もないんだろうけど。
 実際のところ、「年を重ねているから、大人として譲り合う」という人ばかりではなくて、頑固さというのは、年とともに酷くなってしまうこともけっこう多いんですよねえ。

 こういう話を読むたびに、「結婚というのは怖いなあ」なんて、つい考えてしまうのです。本人同士の気持ちはさておき、こういう「おせっかいな周囲の人々」との軋轢でストレスを抱え込むカップルというのは、本当に多いんですよね。この話に出てくる「お義父さん」は、確かに困った人ではあるのですが、内田さんも【暴力をふるったり、金をせびらないだけ実の家族よりマシ】と書かれているように、傍からみれば「まあ、よくいる仕切りたがりのオッサン」ってレベルなのかもしれませんし。
 それが「家族」となると許せないところだらけになってしまう。

 結婚披露宴の締めの定番は、新郎新婦とその家族が並んで「新しい家族の誕生です!」という光景なのですが、あれは、すばらしい出発のようで、実は悩みのはじまりなのかもしれません。立派すぎる「新しい家族」も、どうしようもない「新しい家族」も、それはそれで難しいみたいだし。

 ほんと、結婚っていうのは、考えれば考えるほど遠く感じるものですね。



2004年07月24日(土)
「お門違い」な、お笑い番組たち

「週刊現代・2004/7/10号」(講談社)のコラム「視聴率のトラウマたち」(桧山珠美・文)より。

【とくに『エンタの神様』は、ネタの途中で切ったり、ネタをテロップで流したりと、芸人殺しの演出が過剰だ。ぶつ切りのVTRではそれぞれの芸人特有のテンポが楽しめないし、オチの部分だけ字を飾ったテロップなどは、「ここで笑えよ」と強要されているようで、不愉快きわまりない。

 芸人がどんなにつまらないネタをやっても、司会者である福澤朗アナと白石美帆は温かい拍手で迎えるのだが、これもお門違いであろう。
 かつて、横山やすしが司会を務めた『ザ・テレビ演芸』に若手時代のダウンタウンが出演した。その際、やっさんは「お前らの漫才はチンピラの立ち話じゃ」と一喝し、ダウンタウンも発憤して今の地位を築いたというエピソードがある。まだまだ、ネタの質にばらつきがある若手芸人にとって、必要なのは温かい拍手ではなく、やっさんの一喝ではないか。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この前半部分を読んで、僕は「フォントいじり」(テキストサイトなどで、いわゆる「笑いどころ」を拡大して表示する技法」を思い出してしまいました。テレビであんなふうにテロップが出るようになったのは、僕の記憶の限りでは「HEY!HEY!HEY!ミュージックチャンプ」がいちばん古かったような気がするので、おそらく、テレビで使われはじめたほうが時期的にはかなり早かったと思うのですが。
 でも、確かにああいうふうに「笑いどころ」を指定されるというのは、なんとなく「くどいな、聞こえてるよ!」と言いたくもなるのです。それに、「そんな当たり前のところを強調したって、面白くないだろ…」と言いたくなるような使い方も多いですし。
 まあ、その技法を使っているテレビ番組の数はけっして減っているわけではないですから、僕みたいに「なんとなくテレビを点けている視聴者」にとっては、便利ではあるのかもしれませんけど。
 
 後者のほうに関しては、実際に番組で福澤アナや白石さんが若手芸人に対して、「ネタがつまらなかったから」といって、冷たい態度をとったりすれば、それはそれで番組としては成り立たないような気がしますから、それはちょっと難しいし、意味ないだろうな、とも思います。あの横山やすしさんならともかく、司会者2人がそんな態度をとることに対して、視聴者としては「いたたまれない気持ち」にしかならないのでしょう。

 先週、「笑っていいとも」に爆笑問題の2人が出演していたのですが、彼らは、まだ若手だった時代にはじめて大阪のステージに立ったときの思い出話をしていました。「本当に客席が引いていくのが伝わってきて、いたたまれなかった。あんなに辛いことはなかった」って。

 芸人たちにとっては、「やっさんの一喝」よりも、「正直な客の反応」のほうが、よっぽど怖いのではないかなあ。ダウンタウンの松本さんが、著書で「自分たちのネタで笑わないのは、客の質が悪いのだと思っていたけれど、それは、自分たちのしゃべりの声の大きさとか喋り方とか、ネタの内容以前の根本的なところに問題があったことに気がついた」というようなことを書かれていたのですが、それを見つけたからこそ、今の成功があるのだと僕は思うのです。
 
 とはいえ、今は売れてしまえばネタよりもバラエティ番組の司会のほうが大事になってしまうみたいなので、ネタの修行にどのくらいの意味があるのか、ちょっと疑問ではあるんですけどね。



2004年07月23日(金)
”カリスマ占い師”細木数子さんの大予言

夕刊フジの記事より。

【お笑いタレントのおさる(35)がカリスマ占い師、細木数子(65)の“ご託宣”に苦悩している。今月4日に放送された「史上最強の占いバトル 細木数子Vsウンナン! 超有名人100人怒涛の運命メッタ斬りSP!」(TBS系)で指示された改名問題だ。

 番組で、おさるは細木に「若手お笑い芸人ブームに乗れずに伸び悩んでいる」と告白。細木の答えは「芸名が悪い」「絶対に変えるなら(売れる新芸名を)教える」で、「変えます!」と宣言したおさるに、細木が命名したのが「モンキッキ」だった。

 その際、細木が「(命名後)変えなかったら、私が地獄に送る」と脅したこともあって、おさるの苦悩がはじまった。

 細木といえば、古くは郷ひろみと松田聖子の破局を予言。最近では別の番組で石原慎太郎都知事を前に「ワタシを誰だと思ってんの」「次の都知事選には立候補しない方がいい」と歯にきぬ着せぬ物言いで、芸能界で最も恐れられている存在。

 しかも、同番組の視聴率は平均25.2%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と高く、「改名」場面は瞬間最高の34.1%を記録。その後、改名しないおさるに「『本当に改名するのか』と問い合わせが多数寄せられている」(同局)と熱い視線が集まっている。

 それだけに、「実際に名前を変えるとなるといろいろ事務的な問題もあり、細木さんにいわれてから、おさるはかなり悩んでいたようです。ただ最近、ある結論を出したと話していました」(知人)。

 悩んだ末のおさるの結論について、所属事務所では「今の段階で、はっきりしたことはいえませんが、来月中旬におさる本人が会見し、みなさんの前ではっきりさせます」という。

 そもそもは「アニマル悌団」でコアラとともに活躍し、解散後はソロで奮闘。このまま「おさる」で行くのか、「モンキッキ」で出直すか。】

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 いや、売れないだろ「モンキッキ」にしても…「おさる」より呼びにくいし、親しみもわきにくい。それに、本人の芸風が変わらなければ、「若手お笑い芸人ブーム」に乗れるわけもありませんし。
 なんて思いつつも、実際に「芸名を変えたら売れた芸能人」とか「改名したら活躍できるようになったスポーツ選手」というのもけっこういるわけで、あながちバカにもできないかな、という気もするのですが。

 しかし、この細木さん、僕はネプチューンの番組で観たのですが、なんだかいつも登場する場面は各界のVIPに崇められてお礼の札束がドッサリとかそういうのばっかり。そして、御本人が何を言われるかというと、「こうすればデッカイ金を掴める!」という、スパムメールですかそれは…とツッコミたくなるような「御神託」ばかり。

 もちろん、あれだけお礼をする人もいるということは「霊験あらたか」なのかもしれませんが、考えてみれば、各界の重要人物に「こういうふうにしなさい」とアドバイスしていれば、必ず誰かは「言われた通りにして正解でした」という人が出てくるはずです。その人が吹聴すれば、「細木さんはスゴイ!」という話になるのです。もちろん、「言ったとおりにしたら失敗した」という人は「信じたほうが悪い」ってことになりますし。

 細木さんは、けっしてウソツキではないと思うのですよ。僕が以前話を聞いたことがある占い師の方は、「相手の微妙な態度や言葉などから判断して、相手が望んでいる答えを出してあげるのが『占い』だ」と言っていました。もちろん、すべての占い師にこれが当てはまるとも思いませんが、確かにそうやって「他人を信用させる能力」というのは、ものすごい「技術」ではあるんですよね。同じことでも、彼女の口から出れば意味が生まれてくるのですから。
 だいたい、「松田聖子と郷ひろみの破局」なんて、みんな「予言」してたはずなのに!

 とりあえず、これで「話題になった」という点だけでも、おさるさんにとっては「オイシイ」ことなわけですし。
 それにしても「モンキッキ」はセンス無さすぎ、ではありますが。

 鈴木一郎が素晴らしいバッターになったのは、少なくとも、登録名を「イチロー」に変えたからではないはずです。心機一転と考えれば、改名も悪くはないでしょうけどね。
 
 それにしても、占いというのは不思議なものです。
 「どうやっても100%当たる未来」ならば、そもそも占ってもらって未来を知ったところで、どうしようもないはずなのに、みんなそれを知りたがる。
 そもそも、【「(命名後)変えなかったら、私が地獄に送る」】なんて狭量な「神様」の言うことなんて、信じられますか?



2004年07月22日(木)
「糞屍呪癌姦淫怨痔妾蔑…」の親心

毎日新聞の記事より。

【法務省は22日、人名に使える漢字を大幅に増やすため、法制審議会人名用漢字部会がまとめた見直し案に対して国民の意見を募った結果を公表した。1308通の意見が寄せられ、約56%の729通が「糞」「屍」など一部の漢字を削除すべきだとした。同省はこの結果を踏まえ、一部漢字を削除する方針で、23日に開く部会が削除文字などを決める予定。

 部会は6月11日、人名に使える漢字を578字増やす見直し案を公表した。人名として適切か否かという観点ではなく、使用頻度を基に「常用平易」か否かで選んだため、人名にそぐわない字も含まれた。

 国民からの意見で、削除要望が多かったワースト10は、383通の「糞」を筆頭に「屍」「呪」「癌」「姦」「淫」「怨」「痔」「妾」「蔑」の順。「子供の社会的不利益や社会的混乱をもたらす」「学識、良識のない親に委ねるのは問題」などの声が多かった。一方、「掬」をはじめ新たに追加を求める意見も236通あった。

 23日の部会で国民の意見を検討し、削除・追加する文字を協議する。縁起が悪かったり、公序良俗に反するとして国民からの批判が特に集中した文字の削除については、おおむね委員の意見は一致している。しかし「削除は最低限に抑えるべきだ」「国民からの意見を基に相当数削除してもよい」など、削除数について見解が分かれているという。】

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 【383通の「糞」を筆頭に「屍」「呪」「癌」「姦」「淫」「怨」「痔」「妾」「蔑」】というくだりは、なんだかもう三文ホラー小説の一節ですかこれは…と思わず聞きたくなるようなシロモノなのですが、考えてみれば、1308通もの「国民の声」が寄せられたというのは、ものすごいことではありますね。たぶんみんな、目を皿のようにして578字の漢字を一字一字吟味したのでしょうから。
 それはそれで、「よくそんなに時間ありますねえ」とか考えてしまうのですが。
 逆に、925人の人は「糞」も許容範囲内、ということなのかな。「糞」なんて、わざわざ指摘しなくても論外!という人も多かったのかも。
 それにしても、「子供の社会的不利益や社会的混乱をもたらす」という意見はともかく、「学識、良識のない親に委ねるのは問題」というのは、ある意味「そこまで他人を信用できないの?」とも思えるのです。
 「今の親たちは、面白半分で『呪太郎』とか『淫子』とかつけるに決まっている!とか真剣に考えている「立派な大人」たちの数は、けっして少なくはないのですね。
 「悪魔くん」なんて実績(?)がありますから、その気持ちもわからなくはないけど、それにしても「学識、良識のないバカな親に委ねるのは問題」だから、自分たちが「教育的指導」してやる!という姿勢って、なんだかよけいなお世話ですよねえ。
 もちろん、「そんな漢字は、最初から候補に入れるなよ…」と僕も思いますが、「そんなの誰も使うわけない」とみんなが思っていれば、こういうのは「杓子定規なお役所仕事」に対する笑い話になっていたはずなのに。
 結局、みんな「子供にトンデモナイ名前をつけるような酷い親は、まだまだこれからも沢山いるはずだ」と確信している、ということですよね。他人の「親心」すら信じられないなんてせつないなあ。

 「名前」なんていうのは、つけられた側からすれば、平凡ならつまらなく感じたり、奇抜なら恥ずかしかったりで、「親心」というのも、なかなか名づけられた側には伝わりにくいものですけどね。
 僕の知り合いに親に名前の由来を聞いたら「とくに理由はないけど、かわいいでしょ」って親にアッサリ言われてなんだかガッカリした、という人がいます。やっぱり、「ちゃんとした理由」が欲しいというのもわかります。

 「親の心、子知らず」なれど、「子の心も、親知らず」
 他人にはわからない、ぬくもりとせめぎあい。



2004年07月21日(水)
人生を変える、「選べない隣人」

「ほんじょの虫干。」(本上まなみ著・新潮文庫)より。

【そういえば、香港からイタリアへ向かう飛行機の中で途中トイレに行った時、なんだか香港人の足元が変だということに気がついた。トイレに並ぶ老若男女全員、靴をはいてないの!スリッパでもないの。子供達も、まるで家の中にいるみたいにハダシでばたばた走ってるんだ。リラックスしすぎのような気もするが、いいのかなあ。
 ってなエピソードを書き出すとキリがないのだが、本当に機内っていろんな”人種”がいて、刺激的だよね。
 隣にどんな人が座って来るかでも、けっこう機内の人生変わるよね。マネージャーの吉田さんはエコノミーに座ってる時、両隣に新米のお相撲さんが来て”きゅう”とはさまれた経験があるそうです。】

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 ああ、吉田さん不幸!という映像が、これを読んだ僕の心にも浮かんできたのです。「新米のお相撲さん」だって、正直心苦しかったとは思うのですが、さりとて、彼らの立場では関取のように席を2つ占拠したり、ファーストクラスに行けるはずもなく。
 僕たちは、一緒に旅に出る「仲間」を選ぶことはできます。そして、多くの場合、その仲間と隣り合わせに座ることになるわけですが、「周りが全て自分の知り合いばかり」というシチュエーションになることって、意外と少ないのではないでしょうか?
 徒歩や車、通勤電車ならともかく、混雑している電車の座席だとか飛行機の座席、あるいはコンサートなどのイベントでは「座席が指定されていて、隣に全然知らない人がいる」という状況は、そんなに珍しくはありませんし。
 多くの場合、僕たちは知り合いの方ばかりに注目することで、その「偶然の隣人」を意識しないようにするのですが、場合によっては、それも難しいこともありますよね。
 とくに飛行機なんていうのは、途中下車ができないどころか席を立つことすら自由にはならない乗り物ですから、隣人というのはけっこう重要なファクターです。席も狭いしねえ。
 僕も何度か「眠いのにやたらと話しかけてくる人」とか「新聞を遠慮なく大きく広げて読む人」とかに当たって辛い思いをしたことがあるのですが、「選べない隣人」で「相手に悪意がない場合」が多いだけに、そういう酷い目にあってもなかなか文句も言えず、「運が悪かった…」と内心うんざりするくらいしかできなくて、けっこうストレスが溜まるものなのです。
 そういえば、「映画館で先のストーリーをベラベラ喋るオバチャン」とか「ずっと歌手と一緒に大声で歌っていて、近くにいる僕としては『お前のコンサートを聴きにきたんじゃねえ!』と怒鳴ってやりたいような女の子」にも遭遇したことがあるんですよね。
 おそらく、大部分の乗客・観客というのは、「隣人にとっては、毒にも薬にもならない人」なのですが、運悪くこういう人々の「隣人」になってしまうと、せっかくの旅もステージも台無しです。
 そして、僕たちにとって、彼らは「選べない隣人」。
 

 しかし、こういうふうに考えてみると、家を建てたりマンションを買ったりするときって、その物件そのものの条件と同じように「隣にどんな人が住んでいるか?」というのは大事なのではないかなあ、なんて思えてきます。
 でも、そういう「隣人」も「実際に住んでみないとわからない」ことが多いんですよね。
 もちろん、向こうからすれば、僕たちも「選べない隣人」なのですが。



2004年07月20日(火)
結婚披露宴を震撼させた大ヒット曲

スポーツニッポンの記事より。

【昨年11月に入籍した歌手の大黒摩季(34)と会社員の夫(33)が19日、東京・目白のフォーシーズンズホテル椿山荘東京で挙式と披露宴を行った。2人が出会ったという7月に式を挙げ、感激の表情でいっぱいだった。午後1時から行われた披露宴には両家の親族をはじめ、ファッションデザイナーのコシノジュンコさん、タレントの神田うの(29)、歌手の真矢と326(ミツル)、スポーツライターの乙武洋匡さんら約250人がお祝いに駆けつけた。

 純白のウエディングドレス、黒とピンクのドレスの計3種類の花嫁衣装姿を披露した大黒は、クライマックスでバックバンドを従えて、ヒット曲「ら・ら・ら」を熱唱。披露宴は約4時間半にわたって続き、大いに盛り上がった。式後「幸せっていいもんだなと思いました。たくさんの方から祝福される人になって、本当に一生懸命生きてきてよかった。一生に一回のことなので、あえてキャラにないピンク(のドレスも)着ました」と感激しきりだった。】

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 とりあえず、ご結婚おめでとうございます。大黒さんは僕とほとんど同世代だったんですね。
 それにしても、僕もこの年までいくつか披露宴に出席させていただいたのですが、4時間半の披露宴というのは、かなり長丁場という印象です。もっとも、有名な来賓の方も多かったのでしょうし、退屈な式ではなかったんでしょうけど。
 でも、「本当に一生懸命生きてきてよかった」なんて、なんだか彼女のキャラクターに合わないような気もして、「結婚披露宴」という一大イベントは、やっぱり女性にとっては格別のものなのだなあ、なんて思いました。

 ところで、僕がこの記事でいちばん興味深かったのは、彼女がクライマックスで「自ら歌った」というところなのです。もちろん、新婦が披露宴で歌うなんて、通常の披露宴では考えられないことなのですが、まあ、モーニング娘。は、お世話になった音楽関係者の告別式でパフォーマンスをやったくらいですから、そのこと自体は異例ではあっても、異常ではないと思うのです。
 しかしながら、【「ら・ら・ら」を熱唱】というくだりには、ちょっとビックリしてしまいました。
 だって、「ら・ら・ら」って、【年月が経つのはナゼこんなに早いのだろう あっという間にもう こんな年齢だし、親も年だし、あなたしかいないし…】とかいう歌なんですよ。それって結婚式で歌ってもいいのか!と。
 もしかしたら、歌詞は替えていたのかもしれませんけど。

 僕はカーステレオで大黒さんの曲を聴いて、【冗談じゃない 同情のセックス】というフレーズに驚愕させられた世代なので、ついつい、そんなことを考えてしまうのです。当時の歌詞は、本当に刺激的でしたから。
 女の子と車で聴いていたら、空気が一瞬凍りついてしまうくらいに。

 隣で、「ら・ら・ら」を聴いていた新郎は、さて、どんな気持ちだったんだろうなあ。
 



2004年07月19日(月)
われわれは「準備」に対して「準備」するのだ。

「知識人99人の死に方」(荒俣宏監修・角川ソフィア文庫)より。

【現在、多くの人が「死」に関心を抱いているのはたしかであるが、その対象である「死」をあまりに医学的に解釈しすぎてはいないだろうか。当人が人生の最終地点に体験するのは、そのような客観的な「死」ではない。「臨終」というきわめてプライベートな瞬間なのである。そしてこのプライベートな”見せ場”は、見せ場(クライマックス)であるがゆえにわれわれの関心を魅きつける。
 モンテーニュは言った−「われわれが準備するのは死に対してではない。死はあまりにもつかの間のできごとである。われわれは死の準備に対して準備するのだ」。
 そう、死の準備に対する準備として、他人が迎えたさまざまなクライマックスを検証することは、かなり効果的な作業にちがいない。】

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 これは、監修者である荒俣さんが、この本のまえがきとして書かれたものなのですが、「クライマックスの検証」というのが、実際に効果的な作業かどうか、というのは、正直なところ、僕にはよくわかりません。それでも、「偉人」とされる人々の伝記を読むことが、ある種の「生き方」の規範となるように、他人の「死に方」というのも、確かになんらかの参考にはなるのでしょう。
 まあ、この文章の中で僕にとって印象深かったのは、モンテーニュの言葉だったのですけど。
 それなりに長く生きていれば、冗談交じりに「どんな死に方がいいか?」なんて話をした経験がある人というのは、けっこう多いのではないかと思います。そういう話題になると「子供や孫に囲まれての緩やかな大往生」を望む人と同じくらい、「心臓麻痺とかで、アッサリ苦しまずに死んでしまいたい」という人って、僕の周りには多かった記憶があるのです。
 「でも、それっていろんなことが中途半端になったりするんじゃない?」という問いかけに対して、ある女の子はこんなふうに答えました。
 「私、死ぬのはそんなに怖いと思わないんだけど、『死んでいく』っていうのはすごく怖いんだよね。だから、死ぬとしたら一瞬のうちに、がいいな」って。

 「死後の世界がある」という確信が持てるほど、僕は宗教的な人間ではありませんから、死というのは「電池が切れるようなものだろうな」という印象を持っています。もちろん、実際に死んだことはないので、本当のところはわかりませんけど。
 でも、彼女が言う「死んでいくこと、死に向かっていくことの怖さ」というのは、さまざまな「人が死んでいく現場」での経験で、わかってきたような気もするのです。
 確かに、「死」は、今のところ人類に共通のものだけれど、「死んでいく過程」というのは、人それぞれ違うものですし。

 本当に大事なのは、「どのように死ぬか」ではなくて、「どのように死んでいくか」なのでしょう。わかったつもりで「死の準備」をしていても、実際はそれでは準備不足。

 「われわれは死の準備に対して準備するのだ」。
 僕なんか、まだ「死の準備」すら全然できていないんですけどね。
 



2004年07月18日(日)
「立ち合い出産」と「離婚率」の奇妙な関係

「ザ・別れる理由」(宝島社文庫)より。

【淳子さんは現在、水中出産の経験を活かして、出産コーディネーターとして活躍している。職業柄、さまざまな夫婦に出会うが、えてして夫が立ち合い出産に積極的なカップルの方が離婚率が高いことを実感している。
「つまり、夫がイニシアチブをとらなくては気が済まないタイプで、こういう人にかぎって『オレがいなければお産が始まらない』と、勘違いしてしまうことが多いんです。そして、それは出産の場面だけでなく、結婚生活全般にわたって『夫主導型』になっていくことが往々にしてあります。もちろん、それでうまくいく場合もありますが、結婚生活は夫婦で築いていくものと考えている妻の場合は、そんな夫のやり方に不満が出てきてしまうんです。出産してから半年、一年経つうちに、こうすればよかったというのが、はっきり出てくるんですよ。そのときにケンカできる夫婦ならいいけど、そうじゃない夫婦は危ないですね」】

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 「夫が立ち合い出産に積極的なカップルの方が離婚率が高い」というのは、この方の実感であって、統計的に実証されているわけではないのですが、これを読んで、僕も「そういうものかもしれないな」と思いました。
 もちろん、「立ち合い出産」というのが悪いことだという気持ちは更々無いのですが、確かに、こういうところにその人の性格は出るのだろう、と。

 世の中には、けっこう「なんでも自分が中心だと考えている人」というのは多くて、例えば、部活の試合を応援に来て、そのチームが負けてしまったら「自分が応援に来たから負けた」とか「自分の応援が足りなかったから負けた」とか口にする人というのは、時折目にすることがあるのではないでしょうか?試合をしていた当事者は、内心「そんなの直接関係ないだろ…」と思いつつ、自分が負けて悔しい上に、その人を慰めなくてはならず、かえって辛い思いをすることになるわけです。まあ、誰でも「自分」というフィルターを通してしか世界と接することができないわけですから、多少なりとも「自分が中心」なのはまちがいないわけですが。

 「出産」というのは、夫が立ち会わなくても可能なのだけど、多くの「立ち会う夫」は「妻と子供の身が心配だから、いてもたってもいられず」とか「妻を安心させるために」、その現場に身を置くわけです。それは、ものすごく自然な感情だと思います。
 出産というのは、やっぱりリスクがある行為ですから。

 でも、人によっては「立ち合い出産を進んでやる、進歩的な夫」としての自分を他者にアピールするために、積極的にかかわっていく場合もあるみたいです。前述した「応援したい」という気持ちよりも「応援している自分の力をアピールしたい」という気持ちが優先されてしまう人。
 そして、そういう人は、妻からすれば、えてして「自分のことしか考えていない、迷惑な夫」であったりもするのです。
 妻からすれば「周りの人々からいい夫だと思われる」ことよりも「自分にとっていい夫である」ことのほうが大事なのに、夫のほうは、いつのまにか「世間に対する自分のイメージ」を優先するようになってしまうという、皮肉なパラドックス。

 実際、こういう人って、けっして少なくない気がします。
 誰かのためのボランティア活動というより、自分をアピールするためのボランティア活動になってしまっている人とか、「動物好きな自分」をアピールするために、傍からみたら「動物にとっては迷惑なんじゃないかそれは…」と思うような愛情の注ぎ方をしている人とか。

 まあ、ボランティア活動というのは、ある意味そういう人たちによって支えられている面もあるのだし、それで助かっている人がいれば、一概に否定できないところもあるんですけどねえ。



2004年07月16日(金)
日本人の平均寿命「また」延びる

共同通信の記事より。

【2003年の日本人の平均寿命は女性が85・33歳、男性が78・36歳で、男女とも過去最高を更新したことが16日、厚生労働省の公表した「2003年簡易生命表」で分かった。男女とも2000年から4年連続で延び、女性は1985年から連続世界1、男性はアイスランド、香港に次ぐ3位だった。
 簡易生命表は、1年間の死亡状況が今後変化しないと仮定した場合、平均してあと何年生きられるかを各年齢ごとに「平均余命」で表し、零歳児の平均余命が平均寿命になる。
 03年の平均寿命は前年に比べ、女性が0・10歳、男性が0・04歳高くなった。男女差は0・06歳広がって、過去最大の6・97歳。男性の自殺者が最多の2万3377人に上ったことが影響した。
 03年に生まれた赤ちゃんのうち、80歳まで生きる割合は女性が76・3%、男性は54・5%。半数が生存する年齢は女性88・09歳、男性81・35歳と予想され、女性の半数が米寿を迎えることになる。】

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 この記事は、Yahoo!のトップページでも紹介されていたのですが、その見出しは「日本人の平均寿命また延びる」でした。この「また」というところに、現代人の「長寿」に対する意識が反映されているのかな、と僕は感じたのです。
 少なくとも、僕が子供の頃(今から20年くらい前)は、「日本人の平均寿命が延びた」というニュースは、非常に明るい話題として取り上げられていたような記憶があります。食生活の改善や医学の進歩によって「長生きできる」というのは、「恵まれた国・日本」の象徴だったような印象すらあるのです。
 その頃は、自分が60歳とか70歳になるということ自体が、信じられなくもあったのですが。

 しかしながら、現在の日本で、30を過ぎた僕がこの話題を聞くと「長生きできる時代に生まれたこと」対する感謝の気持ちと同時に、「長生きできるのはいいけど、果たして、幸せな長寿になるのだろうか…」という不安も感じます。
 日本という社会全体からすれば、これだけ少子化がすすんでいるのに「女性では2人に1人が88歳(!)まで生きられ、男性でも2人に1人は80歳以上まで生きられる社会というのは、まさに「超高齢化社会」といえるでしょう。病気を持った方を診る機会が多い医療の現場でも、いまや70歳くらいでは「高齢だから」なんていう気持ちにはなりませんし。
 もちろん、こういうのはそれぞれの個性の問題で、年齢だけで判断できるものではないのですけど。
 それでもやっぱり、「若い人と同じように働く」というのは、難しい場合も多いでしょう。少なくとも人間の体というのは、寿命の延び方ほど急激に進化はしていませんから。
 そう考えると「若い世代の負担」というのは、今後も増す一方です。

 今まではただ、「長生きはいいことだ」とみんな思っていたのに、現代人は(自分や周りの人を除けば)「こんなに人間が長生きしてもいいのだろうか?」というような不安にとらわれているような気がします。
 年金問題もそうですし、介護にしても、「90歳の親を65歳の子供が介護している」なんて状況は、もうあまり珍しくなくなってきています。「高齢者の面倒をみていたら、気がつけば自分も高齢者」というのは、ある意味悲劇的な連鎖なのかもしれません。

 それでも、日本人の寿命が急激に短くなることは、おそらくありえないでしょう。生活習慣病などの影響で、少しずつ短くなる方向に行くとしても。
 だってみんな「日本人全体が長生きしすぎるのは不安だけど、自分や家族、友人には長生きしてほしい」って思っているのだから。
 そして、ひとりひとりの人間は、みんなそれぞれ「自分」であり、多くは「誰かの大切な人」ですし。

 「長寿」を手放しで喜べない時代というのは、歴史上、人類が経験したことのない時代だからなあ…



2004年07月15日(木)
「ゴーマニスト」vs「ドロボー」の金網デスマッチ

毎日新聞の記事より。

【漫画家の小林よしのりさん(50)の作品「新ゴーマニズム宣言」を巡り、「自分の作品を『著作権侵害のドロボー本』と書かれるなどして名誉を傷つけられた」として、関西大講師の上杉聡さん(56)が約720万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が15日、最高裁第1小法廷であった。

 「著作権侵害」など法律的な見解を表明した場合、「実際に違法行為を行った」という事実を指摘するものなのか、論評として許されるのかが争われた。横尾和子裁判長は「法律的表現は、最終的に司法判断で決着するものであっても、意見や論評の表明と言える」と初判断を示した。そのうえで、小林さんと漫画を掲載した雑誌の発行元「小学館」(東京都千代田区)に、250万円の支払いなどを命じた東京高裁判決(昨年7月)を破棄し、「名誉棄損ではない」とする逆転判決を言い渡した。小林さんの勝訴が確定した。

 上杉さんは97年、「ゴーマニズム宣言」の批判本を出版。この本に小林さんの漫画のカットを引用したところ、「著作権を侵害された」とする小林さんが漫画で「上杉ドロボー本」などと批判するとともに、泥棒姿の上杉さんの似顔絵などを描いたことが問題になった。「ドロボー」と表現したことについて、「小林さんの漫画は意見や論評の域を逸脱した人身攻撃とまでは言えず、上杉さんも小林さんを著作で厳しく非難していた」として妥当性を認めた。

 ▽小林よしのりさんの話 ドロボーの一言で訴えられていたら、言論で闘う場合にあらゆる言葉が訴えられてしまう。名誉棄損にならないとされて、ありがたい。

 ▽上杉さんの話 合理的根拠がなくても「ドロボー」と連呼できる、とする判決で、承服しがたい。バランスを欠いた不条理な内容だ。】

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 僕はこの「ゴーマニズム宣言」を読んだのですが、確かに「ドロボー本」とは過激だなあ、と思った記憶があります。まあ、「ゴー宣」を読んでいると、どうしても小林さんの思考の影響を受けるので、半分くらいは「やっちゃえ!」という感じではありましたけど。
 それにしても、今回の判決が「バランスを欠いた不条理な内容」かと言われると、必ずしもそうではないような気もします。当事者でない僕からすると、自分のほうから厳しく非難しておきながら、「著作権侵害」「ドロボー」なんて言葉尻をとらえてお上に訴えるなんて、それこそ「子供のケンカに親を連れてくるなよ」という印象で。
 とはいえ、お互いの社会的影響力などを考えると、「言論の内容以前に、勝負にならない」から、あえて法に訴えた、というところなのでしょうが。
 【「著作権を侵害された」とする小林さんが漫画で「上杉ドロボー本」などと批判するとともに、泥棒姿の上杉さんの似顔絵などを描いた】なんていうのは、正直、上杉さんとしては耐え難い屈辱だったのだろうな、とは思いますけどね。【意見や論評の域を逸脱した人身攻撃】と言えなくもないでしょう。
 裁判長の本心はわかりませんが、もしかしたら「お互いさまなんだから、裁判所を巻き込むなよ…」とか考えていたのではないかなあ。
 口喧嘩の最中に衝動的に出てきた言葉のひとつひとつに、いちいち違法性を検証するなんて、ある意味バカバカしい。
 考えてみれば、別に「ドロボー」と書くことが、小林さんの言いたいことを説明するのに必要なわけじゃないような気もするのに。

 なんとなく、こういう罵りあいを喜んで読んでいた自分というのも、ちょっと恥ずかしいな、と反省してしまいました。
 口喧嘩では声が大きいほうが正しく聞こえるように、言葉だけの場所って、内容よりも「言葉の強さ(インパクト)」のほうが重視されがちですしねえ…
 本当は、そんな「悪口比べ」を金払って読んでもしょうがないのに。



 



2004年07月14日(水)
16年前の「さくらももこ」との再会

「さくらえび」(さくらももこ著・新潮文庫)より。

【店に入ると、入ったとたんに良く見えるところに私の色紙が飾られていた。
 私と斎藤さんは黙ってそれを見ていた。店のおばさんが出てきて「いらっしゃい。どうぞお上がり下さい」と声をかけてくれたが、私達はまだ黙って色紙を見ていた。
 おばさんは「ああ、この色紙ね、ちびまる子ちゃんのさくらももこさんが、まだ学生さんだった頃にうちにいらして描いていってくれたんですよ。うちに来るお客さんがみんな喜んで見ていくんです。うちの家宝なんですよ」とにこにこして言った。そして続けて「さくらももこさんのファンの方ですか」と言ったので私も斎藤さんも返事にとまどい、何とも言えずに黙っていると、おばさんは「…もしかして、さくらももこさんですか」と尋ねてきた。
 私は、「はい、そうです。本当にお久しぶりです」とやっと言った。さっきからなんかもう胸がいっぱいで何も言葉にできなかったのだ。】

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 1984年11月14日、5日後にはじめて漫画家としてのデビュー作が雑誌に載ることになっていた、当時19歳の短大生「さくらももこ」がはじめてペンネームで書いた色紙に再会したときのエピソードです。
 いわゆる「名店」では、有名人が書いた色紙がところ狭しと飾られているのをよく眼にしますが、この色紙は、「人気漫画家・さくらももこ」として書いたものではありません。奈良の「坂乃茶屋」というお店を訪れたお客さんたちが記念に書いていく色紙に、短大の研修で訪れたさくらさんが他の普通のお客さんと同じように書いたもの。いや、その時点では、さくらさんもまた「普通のお客さん」のひとりだったのですけど。

 たぶん、「もうすぐデビューできる漫画家の卵」だった19歳のときの彼女には、名声もお金も無かったし、将来への不安もあったに違いありません。もちろん、そういったネガティヴなもの以上に、漫画家としての希望とか期待もあったのでしょうが。
 そして、この店で無名の短大生が【色紙に絵を描いてサインするのも初めてだったし、友人たちの前で描くのも恥ずかしかった】という状況のなか【何年か後に、今描いているこの色紙を、みんなが喜んで見てくれるようになるといいな…】と思いながら描いた色紙は、まさにその「夢」のように、こうして「人気漫画家・さくらももこが、デビュー前に描いたもの」として、「家宝」になったのです。
 さくらさんが有名になってから描いた色紙にだって、もちろん価値はあるのですが、御本人からすれば、これ以上に感慨深い「再会」はないのだろうなあ、と思うのです。
 この色紙は本当に「世界に一枚しかない」ものだし、もしタイムマシンがあったなら、このことを16年前の自分に教えてあげたい気持ちになるのではないでしょうか。

 この世の中には、同じようなシチュエーションで描かれた色紙というのは、けっこう沢山あるんですよね、きっと。少しの不安と、夢とか希望とか
が詰まった、一枚の色紙。
 でも、こうして「家宝」になれるものは、ほんの一握りしかないのです。
 それにもかかわらず、こういう「未来の自分との幸運な再会」のために、人は何かを創ろうとしたり、頑張って日々を過ごしているのではないか、と僕は思います。
 そのためには、少なからぬ「努力」とか「才能」とか「幸運」が必要だと知っていたとしても。



2004年07月13日(火)
それはただ、個性の違いに過ぎない。

「もし僕らのことばがウイスキーであったなら」(村上春樹著・新潮社)より。

(村上さんが、スコットランドの「シングル・モルトの聖地」といわれるアイラ島の「ラフロイグ」の蒸溜所で、10年ものと15年もののウイスキーを飲み比べてみたときのエピソード)

【「どっちがいいとは言えない。どちらもうまい。それぞれにテイストの性格がpalpableだ(はっきり触知できる)」と僕は正直に言った。
 イアンはそこではじめてにっこりと笑った。そして頷いた。「そうなんだ。頭であれこれと考えちゃいけない。能書きもいらない。値段も関係ない。多くの人は年数の多いほどシングル・モルトはうまいと思いがちだ。でもそんなことはない。年月が得るものもあり、年月が失うものもある。エヴァポレーション(蒸発)が加えるものもあり、引くものもある。それはただ個性の違いに過ぎない」
 話はそこで終わる。それはある意味では哲学であり、ある意味ではご託宣である。】

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 村上さんは、10年ものと15年ものの味わいの違いを【音楽でいうならば、ジョニー・グリフィンの入ったセロニアス・モンクのカルテット。15年ものは、ジョン・コルトレーンの入ったセロニアス・モンクのカルテットに近いかもしれない。どちらも捨てがたく素敵だ。そのときどきの気分で好みがわかれるだけだ。】と書かれています。残念ながら、ジャズに疎い僕としては、その「違い」を実感することはできないのですが、「同じ本質は持ちつつも、それぞれすばらしい個性を発揮している」ということなのかな、と思います。
 僕はお酒は嫌いではありませんが、味の違いは「美味しい」「普通」「まずい」の3段階評価+「強い酒」or「弱い酒」というくらいしか正直なところよくわかりません。
 高いお酒を口にするときは「美味しい」と言いながら、内心「こういうのが美味しいお酒、なんだろうなあ…」なんて「学習」していたりもするわけです。
 それでも、ちょっと洒落た席で「こちらは、20年もののワインでございます」なんて言われたら、それだけで「いくらなんだコレは!」とドキドキしてしまいますし、口に入れたら「美味しい!」という気分になってしまうのです。でも、そういうのって、自分の感覚というよりは、思い込みの要素のほうが強いのかもしれませんね。
 「高級だから」「長い間寝かせているんだから」という先入観って、けっこう味覚に影響を及ぼしているような気がします。

 もちろん、あまりに若すぎるとまともなウイスキーの味がしないでしょうし、あまりに寝かせておくと、飲めなくなってしまうこともあるでしょう。
 でも、ある程度の期間であれば、必ずしも「年数が多いほどうまい」とは言えないみたいです。最終的には、飲む人の好み次第。

 「年月が得るものもあり、年月が失うものもある」
 もちろんこれは、ウイスキーに限ったことではないんですよね。
 若ければいいってものではないし、年をとっていればいいというものでもない。
 それぞれの年齢や経験において、それぞれの魅力があるのですよ、たぶん。
 もちろん「キチンと作られ、熟成されたウイスキー」でなければ、何年も寝かせたものであっても、不味くて飲めたものではありませんけどね。



2004年07月12日(月)
「ひどいおばあちゃん」ができるまで。

共同通信の記事より。

【茨城県関城町の造園業菊池一美さん(40)の二男令人君(7つ)と三男悦史ちゃん(5つ)の首を絞めたとして、殺人未遂容疑で逮捕された菊池さんの母ちよ容疑者(73)が、下館署の調べに対し「長男を除く孫2人は自分になつかず、嫁の教育が不満だった」と供述していることが12日、分かった。
 ちよ容疑者は、自分の作った食事に孫が不満を漏らしたとも話しており、同署は長年にわたって孫のしつけなどをめぐり菊池さんの妻(36)に不満を抱いていたとみて、詳しい動機を調べている。
 調べでは、ちよ容疑者は菊池さん夫妻がドライブに出た直後の10日午前10時半ごろ、庭先で遊んでいた2人を物置に呼び、それぞれロープで首を絞めた後、手でも絞めた疑い。
 畑から戻った祖父が泣いている2人を発見。ちよ容疑者が「子どもがやられた。早く救急車をお願いします」と119番した。】


時事通信の記事より。

【茨城県関城町で、7歳と5歳の兄弟が首を絞められた殺人未遂事件で、逮捕された祖母の菊池ちよ容疑者(73)は事件前、「入院した時、嫁が見舞いに来ない」と不満を漏らしていたことが12日、分かった。
 下館署の調べに対し、ちよ容疑者は「嫁を困らせてやろうと思ってやった」などと供述しており、同署は詳しい動機を調べている。】

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 選挙関連のニュース一色だった昨日の夜、このニュースの速報には驚きました。まあ、考えてみれば7歳と5歳の男の子2人が自宅で遊んでいて知らない人に襲われる、という事件は、部外者の犯行にしては、あまりに動機が浮かんできませんから、「こういうこと」も十分にありえることなのですが。
 第一報を聞いて僕が思ったのは、「なんてひどいおばあちゃんなんだ…日本の『家族』というのも変容してきているなあ」ということだったのです。世間一般の「おばあちゃん」のイメージというのは、嫁とはどんなに仲が悪くても、孫にはやたらと甘くて、「おばあちゃん、勝手にこの子にお小遣いあげないでくださいっ!」とか折り合いの悪い嫁に怒られてばかりいる、というものなのではないでしょうか?
 それが、「ロープと腕で孫の頸を顔が腫れ上がるまで絞めた」なんて…
 「殺意はなかった」そうなのですが、「顔が腫れ上がる」というのは、窒息死寸前の状態です。「殺意が無い」というよりは、「なんとかギリギリのところで踏みとどまった」というのが実際のところでしょう。

 現在32歳、独身・子供なし、の僕からすれば、「73歳にもなって、おばあちゃん、オトナになれよ…」とも思うし、子供たちは育ってきた食糧事情も違うのだから、食事が口に合わないのも仕方がないのではないか、とか考えてしまいます。
 「病院に見舞いに来なかった」と言われても、そこまで仲が悪い人に見舞いに来てもらっても、かえって気詰まりなのではないだろうか?とも。
 入院していると、どんな人でも気弱になるし、お見舞いはすごく嬉しいものだ、とは言いますが…

 子供のころ、おじいちゃん、おばあちゃんというのは「悟り」のようなものを得ていて、欲もなく、陰で家族を支えて静かに人生をフェードアウトしていく、そんな存在だと漠然とイメージしていました。まあ、僕にとってのおじいちゃんやおばあちゃんというのは、夏休みに何日か会うだけの存在でしかなかったのですが。

 でも、実際は人間というのは、そんなに簡単に枯れたり悟ったりはできないみたいです。
 70歳を過ぎても「愛されたい」「自分の居場所がほしい」という欲求は、そう簡単には枯れたりしないものなのだなあ、とあらためて思い知らされました。
 もちろん、それを主張するために孫の頸を絞めてもいいというわけではないですが、そのくらいの分別はつくはずのオトナでも、こんなことをやってしまうというのは、なんだかとてもやりきれません。
 そして、こういう「悟れない高齢者」というのは、これからの時代は増えこそすれ減ることはないし、僕も自分が長生きしたらどうなるだろう?と怖くもなるのです。
 自分の孫だからといって、何の疑問も持たずに一方的な愛情を注げるだろうか?

 確かに、病んでいるのは子供たちだけではないのかもしれない。



2004年07月10日(土)
耳せんと「カクテルパーティ効果」

「週刊ファミ通・2004/7/16号」(エンターブレイン)のコラム「桜井政博のゲームについて思うこと」より。

【じつはわたくし、いままで難聴気味で困っておりました。なんと言っても聴き間違いが多い!

(中略)

 生まれてこのかた、わたしに多くのギャグとピンチを提供してきたこの耳ですが、このたび意外な改善策が見つかりました!その方法はなんと!意外にも、”耳せんをすること”だったのです!
 ……えー。という声が聞こえてきそうですね。耳が聞こえないのに、わざわざ耳せんをして音を聞こえにくくするとは。だけど、耳せんをすると、人の声が小さく感じられる反面、確かに聞き取りやすくなるんです。こりゃ不思議。
 現実世界には非常に多くの音が入り混じっているわけですが、人の耳は、その中の雑音をフィルターし、必要な人の会話を認識できるようです。専門的には”カクテルパーティ効果”と言うらしいですが。だけどわたしの場合、空調音や冷蔵庫、店内放送、パソコンやファンの音などの雑音が耳を突き、ひとりうるさがっていることがしばしばありました。同じ場所にいた友人知人などはあまり気にしていなかったようですが。つまり、関係ない音を耳せんで小さくすることによって、声がより浮き出て聞こえるようになったということらしいのです。わたしの脳は、雑音をフィルターする機能がいまひとつのようですね。】

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 桜井さんのコラムは、このあと「いろいろな人の話を聞いて、お互いに折り合いをつけすぎてしまうと、かえって「貫くべきコンセプト」が失われて完成した作品が散漫で没個性なものになってしまうことがある、とまとめられています。工業製品ならともかく、創作としては「折り合いをつける」ということには、マイナスになる面が大きいのではないか、と。

 まあ、創作に限らずとも、あまりに周りの意見に対して公平であろうとしたり、万人ウケすることを志向したりすると、結局のところ「何もすることができない」という状況になることってありますよね。
 あちらを立てればこちらが立たず。
 MR.CHILDRENの「イノセント・ワールド」という曲に「さまざまな角度から物事を見ていたら、自分を見失ってた」という一節があるのですが、まさにそんな感じで。
 もちろん、独善的になってしまうことは、けっしていいことではないのですが、周りが気になりすぎてしまうタイプの人間にとっては、ときには「耳せんをする」というのも必要なことなのかもしれません。いろんなことに耳を傾けているつもりで、ノイズばかり拾って混乱してしまっていることって、けっこう多いのかも。
 もっとも、どれが「人間の会話」で、どれが「ノイズ」なのか、実際はなかなか判断が難しいんですよね。肝心の音が聴こえなくなってしまうような「耳せん」をしている人も少なくないようですし。

 それでもときには、勇気を持って「聴かない」ことも必要なのでしょう。聴かないことによって、はっきり聴こえてくる音だってあるはずだから。
 まあ、露骨に耳せんをしてみせるのはトラブルの元なので、相手には「聴いているふり」をしないといけないこともあるんですけどね。



2004年07月09日(金)
たとえば、ネガティヴでいっぱいの掲示板

BARKSの記事より。

【ジョージ・マイケルが、公式サイトのメッセージ・ボードを閉鎖することを発表した。フォーラムに寄せられるコメントがネガティヴなものばかりでうんざりしたのだという。

彼は、以下のメッセージを公式サイトaegean.netに掲載した。「この先、メディアの否定的なコメントからを身を遠ざけたいと考えている……。フォーラムがネガティヴなコメントでいっぱいなのは残念だ。お互いを中傷するようなコメントばかりだが、そんなことのためにフォーラムを開いたわけじゃない」

メンバーと連絡を取り合いたければ他のサイトで落ち合うことを相談して欲しいと付け加えている。「メディアと同じように中傷合戦を続けたければ、他を見つけるんだな。友達を見つけた人は、どこか他のサイトで落ち合うことを相談して欲しい。ここは閉鎖する……。メンバー間で発生している言い合いには、僕は何も関係ないからね」

フォーラムは、7月20日に閉鎖するという。この決定にがっかりしたファンは、彼を「コントロール・フリーク(支配欲が強すぎる)」と批判するコメントが寄せている。

ジョージ・マイケルは、3月にリリースした『Patience』を最後にアルバムを発売しないと発表したばかり。今後はインターネットでのみ、曲をリリースしたいと話している。】

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 ジョージ・マイケルといえば、あの「ワム!」のひとりとして、まさに一世を風靡した人気アーティストなのですが、誹謗中傷に慣れているはずの彼でも、こういう心境になるものなのだな、なんて、サイト持ちとしては感慨深い記事でした。
 正直、「ジョージ・マイケルは、自分のサイトのフォーラムの書き込みをそんなにマメに読んでいるのか!」ということに、やや驚いたのですが。
 この記事の内容からすると、彼のサイトのフォーラムが荒れてしまっていたのは、彼自身への誹謗中傷というわけではなくて、ファン同士の意見の相違による争いだったみたいです。しかし、ジョージ・マイケル本人も、まさか自分が乗り込んでいって仲裁するわけにもいかず、歯がゆい思いをしていたんでしょうね。万が一そんなことしたら、かえって荒れそうですし。

 いくら公式サイトだからといって、そんなフォーラム、いちいち自分で読まずに放っておけばいいのに、大スターなんだから…という気もするのだけれど、大スターでも(あるいは、大スターだから?)自分のサイトのことでここまで意固地になってしまう人もいるのですね。
 【お互いを中傷するようなコメントばかりだが、そんなことのためにフォーラムを開いたわけじゃない】というコメントは、まさにその通りなのだと思います。そんなつもりで掲示板を作るサイト管理人なんていないはずです。
 とはいえ、お互いにおだてあってばかりの掲示板というのも、それはそれで不気味なのでは?と考えてしまうのは、僕があまりに「某巨大掲示板」に慣れきってしまっているから、なのかもしれません。

 やっぱり、サイト持ちにとっては掲示板は悩みの種、なのかな。
 でも、この程度でナーバスになっているようでは、「インターネットのみで商売」できるのか疑問でもあるのですが。

 それにしても、ジョージ・マイケルが「コントロール・フリーク」なんてファンに呼ばれるようになるとは。
 「ラスト・クリスマス」と並ぶワム!の代表曲は、「フリーダム」だったんだけどなあ…



2004年07月08日(木)
「ペットボトルでビール」と「恐るべき缶詰」

共同通信の記事より。

【アサヒビールは8日、光や二酸化炭素を通さない能力を高めたペットボトルを開発、年内にビールへ導入すると発表した。ペットボトル入りビールは韓国など海外で商品化の例はあるが、国内大手では初めて。持ち歩きなどの利便性で清涼飲料で主流となった容器の採用で、若い世代の消費を盛り上げたい考えだ。
 ビールは酸化や日光で味が劣化しやすく、密封度の低い従来のペットボトルでは品質保持が難しかった。ボトル内面にガラスの主成分「酸化ケイ素」の膜を薄く張るなどして飲料用に比べ二酸化炭素の抜けにくさを約4倍、酸素の侵入を防ぐ性質を約20倍に高めた。
 側面や底のラベルなどで日光も遮断。同社は、福島工場(福島県本宮町)に8億円をかけて製造ラインを設置する。
 キリンビールも三菱重工業などとビール用を開発したが、商品化には「消費者のニーズがあるか調査している」という。】

参考リンク:缶詰(ウィキペディア)

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 最近では、すっかり清涼飲料水の容器の主流となったといえるペットボトルなのですが、捨てるときの分別の煩わしさを考えなければ、確かに便利であることは間違いありません。
 そのメリットといえば、蓋ができて持ち運びに便利であることとか、缶の「一度開けたら、飲み干してしまわないといけない」という制約から解放される、ということでしょう。家で飲んだ翌日に、もったいないなあ、と残りの缶ビールに口をつけたら、その「気の抜けたビール」という飲み物のあまりの不味さに驚愕した人間は、きっと僕だけではないと思いますし。
 実は、僕はビールのペットボトルが無いということに関しては、今までとくに意識したことはありませんでした。「少しでも変性してしまうと劇的に不味くなってしまう飲み物」だし、「携帯に便利になって、車のドリンクホルダーにビール」とか、「常にビールを持ち歩く人」が増えたら物騒だから、法律で禁止されているのか、メーカーが「自主規制」しているのか、という感じで。
 確かに、今でも大人数用のアルミの大きな缶のビールはあったんですけどね。「ビールのペットボトルが無い理由」というのが、技術的な原因が主であるとは、考えてもみなかったなあ。
 
 そういえば、缶詰めというのは、フランスのナポレオン時代に軍隊の保存食として開発されたものだそうなのですが、考えてみると、あの缶詰の保存能力というのは、中身も研究されているとはいえ、ものすごいものですよね。スーパーなどで「品質保証期限」を確認するたびに「本当かな?」と思ってしまうくらいに。
 それでも、「まだまだ大丈夫だから」と仕舞っていたら、いざ気がついたときにはいつの間にか期限切れ、というパターンを繰り返してしまいます。

 上の記事を読んでみると、あらためて「缶詰のすごさ」を感じるのです。
 もちろん、「開けなければ」という条件つきではありますが。
 それと同時に、今まで「缶とあまり変わらない」「蓋を閉めておけば安心」というつもりで飲んでいたペットボトルの中の飲み物は、けっこう酷い環境に置かれていたのではないかな、と不安になってしまうのだけど。
 ビールを入れるために【二酸化炭素の抜けにくさを約4倍、酸素の侵入を防ぐ性質を約20倍に高め】なければならなかったなんて!



2004年07月07日(水)
「天才・ビートたけし」の本棚

「お笑い 男の星座〜芸能私闘編」(浅草キッド著・文藝春秋)より。

【(「B&B」の島田)洋七師匠も「やかましい!」と殿(ビートたけし)の頭をコヅきながら「やっぱりこの人とは違うねんな。部屋みたらわかるよ。おとっつぁん(たけし)の部屋って、本がものすごいあるやんか。もう、難しい、原子力の本から、エロ本まで。オレの部屋には本なんて一冊もないからな。だから言うてみりゃ、オレの方が本能のままの実力。殿は努力型と思うよ。そうやろ!」と笑い飛ばす。
 誰もが疑わなかった天才・ビートたけしが、じつは隠れた努力型で、対する凡人・島田洋七こそが真の天が与えた才であると!あらゆるホラ話が語り尽くされたこの夜、この発言こそが最も大胆なホラとも思えた。】

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 浅草キッドのお二人が書かれたこの文章なのですが、僕からしてみれば、たけしさんも洋七さんも「天才」の範疇ではあるんですけどね。
 それでも、その場のインスピレーションで語っていたようなたけしさん(例の事故からは、やはり少し変わられた印象もあるので)が、陰でものすごく広い範囲のことを勉強されていたのは事実のようです。
 「原子力の本」とか、本当に理解されていたのだろうか…
 おそらく、それは一例であって、驚くほど多種多様の専門書などが並んでいたのでしょうね。
 まあ、エロ本は趣味と実益を兼ねていたとしても。

 僕が子供の頃の「漫才ブーム」の時代、島田洋七さんがいた「B&B」とたけしさんがいた「ツービート」は、まさにブームの牽引車という存在でした。それからもう20年くらいの時間が経ち、あれだけたくさんいた芸人たちのうち、まだテレビでも姿を見られる人はごく一部です。
 たけしさんは、最近は映画監督として高名ですし「天才」の称号が似合う人だとは思うのですが、これを読んでみると、結局、同じ「天才たち」の中でも、他のタレントとたけしさんを分けたのは、「才能の差」というよりは「努力の差」だったような気がします。忙しい中、現状に甘えずに常に自分に新しいものをインプットしていく姿勢があればこそ、成功を持続してこられたのではないかなあ。
 どんなに「映画を撮る才能」があったとしても、最初は監督としてはド素人だったでしょうし。

 イチロー選手の本にも書いてありましたが、世間で「天才」と思われている人の多くは、陰でものすごい努力を続けています。才能だけでは、「天才」の一瞬のひらめきを見せることができても、それを持続するのは難しい。

 「努力する才能」っていうのも、あるのかもしれないよなあ…
 なんて、つい考えてもしまうんですけど。
  



2004年07月06日(火)
「死」から隔離される子供たち

読売新聞の記事より。

【横浜市磯子区の市立中学校で先月30日、3年生の数学の授業を担当していた男性教諭(48)が確率の説明をする際、黒板に「死」など3種類の文字があるくじ引きを描き、引かれた「死」のくじの隣にクラスの男子生徒の名前を書き込んでいたことが6日、わかった。市教育委員会は「不適切な指導」として教諭の処分を検討している。

 同市教委や同校によると、教諭は黒板に袋の絵を描き、その中に当たりを示す「当」の字を二つ、ハズレの「ハ」を四つ、「死」を一つ書き入れたうえで、「当」の後に「死」を引く確率を出題。くじ引きが行われたものと想定して袋の外側に「当」「死亡」と書き、その隣に、クラスの男子生徒の名前をそれぞれ書き込んだ。

 授業後、ほかの生徒が別の教諭に「あのやり方はよくないと思う」と指摘し、校長が事実関係を調査して授業内容が発覚。男性教諭は校長に対し、「確率からロシアンルーレットや死を連想した。死という言葉を使うことで、授業に親しみやすさが出ると思った。(くじの隣に書き込んだ)生徒の名前は無作為に選んだ。他意はなかった」と釈明したという。

 教諭は今月2日、「不適切な例を挙げて申し訳なかった」とクラスで謝り、5日には「死亡」とされた生徒と保護者に対して謝罪した。クラス全生徒のノートを回収し、該当部分を消すなどの対応を取るという。

 市教委小中学校教育課は、「生徒の名前と死を結びつけて例示するのは大変不適切。生徒の心情への配慮が足りない。事実関係を調べたうえで厳正に対処する」としている。】


毎日新聞の記事より。

【小6同級生殺害事件が起きた長崎県佐世保市の市立大久保小が家庭科の調理実習を見合わせている。「包丁などの刃物で事件を思い出す児童がいるかもしれない」と配慮したものだが、児童の中には「人気授業」の中止に落胆している子もいるという。2学期以降に再開する方針だが「判断が難しい」と学校側も頭を悩ませている。】

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 こういう記事を目にするたびに、先生たちも大変だなあ、とつくづく思います。
 最近、いろいろな点において、学校という場所がものすごく「神経質な場所」になっているような印象を僕は受けているので。
 前者の例では、「確率」=「ロシアンルーレット」という発想は、そんなにとっぴなものではないですし、「確率というものの切実さ」を実感するには、けっして間違った例題ではないと思うのですが。
 もっとも、教育委員会では「生徒の名前と『死』という言葉を結びつけたのが問題だ」ということで、それは確かに「適切ではない」のかもしれないけれど、相手は中学3年生ですから、そこまで「死」という概念から彼らを隔離する必要性があるのだろうか?とも思うのです。
 僕が子供のころ(20年くらい前になってしまいますが)は、この程度の「教師と生徒のイジリ合い」というのは、そんなに珍しいものではなかったんだけどなあ。
 ひょっとしたら、この先生が生徒たちに元々嫌われていて、「責めるためのいい口実」になった、ということすら想像してしまうのですが。
 まあ、やりすぎだとは思うけど、新聞沙汰になるようなことかな…という気はします。
 今回の件とは直接の関係はないのかもしれませんが、逆に「死」という概念を表面上子供たちから隔離させようとしすぎて、かえって、歪んだ興味を持たせてしまっているのかもしれません。
 
 後者は、「神経質」とはいえない例でしょう。彼らは「死」に近づきすぎてしまったから。確かに、まだ刃物を使う実習は、この子供たちには時期尚早かな、とも思いますし。
 でも、その一方で、彼らが一生包丁やカッターナイフと縁のない生活を送れるかというと、そんなことはありえません。
 もちろん、専門家の意見などを聞きつつ、調理実習を再開していくのでしょうが、やっぱり「何か」を感じずにはいられないだろうな、想像してしまいます。
 「じゃあ、いつになったら大丈夫なの?」と問われて、答えられる人間はいるのでしょうか?

 おそらく、人類にとって、今ほど「死との距離感」が掴みにくくなっている時代はないのだろうな、と思います。歴史上、現代の日本くらい、こんなに長い間にわたって、飢饉とか疫病とか戦争とかで、人が当たり前のようにバタバタと死ぬ、という光景がみられなかった時代は、ほとんどないはずだから。その一方で、テレビ画面の向こうには、食傷してしまうくらいの「死の光景」が広がっているのです。
 「日本は街中で銃の音がしないのが不思議」と言ったというイラクの子供にとっては、「確率」=「ロシアンルーレット」というのは、たぶんリアルな概念なのではないかなあ。
 
 子供たちにとっての「死」との距離感なんて、いつの時代、どこの場所でも非常に難しいことは、わかりきったことなのですが。



2004年07月05日(月)
それでも、「少年の更生」を信じられますか?

産経新聞の記事より。

【昭和六十三年に起きた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」で逮捕された少年四人のうちの一人が、知り合いの男性を監禁して殴るけるの暴行を加えたとして、警視庁竹の塚署に逮捕監禁致傷の疑いで逮捕されていたことが三日、分かった。
 逮捕されたのは埼玉県八潮市、コンピューター会社アルバイト、神作譲容疑者(三三)。調べによると、神作容疑者は五月十九日午前二時ごろ、東京都足立区花畑の路上で、知り合いの男性(二七)に因縁をつけ、顔や足に殴るけるなどの暴行を加えたうえ、金属バットで脅迫。車のトランクに押し込み、約四十分車を走らせた後、埼玉県三郷市内のスナックで「おれの女を知っているだろう。どこへやった」などとして約四時間監禁し、殴るけるの暴行を加え、男性に全治十日のけがを負わせた疑い。容疑を認めており、調べに対し「ちょっとやりすぎた」と話している。
 神作容疑者は先月四日、竹の塚署に逮捕され、東京地検は同月二十五日、逮捕監禁致傷罪で起訴した。
 女子高生コンクリート詰め殺人事件では、平成三年の東京高裁控訴審判決で主犯格の少年に懲役二十年などが言い渡され、四人の実刑が確定した。神作容疑者はサブリーダー格として犯行に加わり、懲役五−十年の不定期刑が確定、服役した後、出所していた。
     ◇
 ≪女子高生コンクリート詰め殺人≫ 昭和63年11月25日、少年4人が、埼玉県立高3年の女子生徒=当時(17)=を連れ去り、東京都足立区の少年の自宅2階に監禁。ライターでやけどを負わせるなどのリンチや暴行を繰り返し、翌年1月4日に殺害。遺体をドラム缶に入れてコンクリート詰めにし遺棄した。】

参考リンクはてなのアンケートより「少年法の量刑と彼らの更生の可能性について」

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 今朝のテレビのワイドショーによると、この神作という男は7年で出所して「社会復帰」していたそうです。
 この「女子高生コンクリート詰め殺人事件」のことは、僕もよく覚えているのですが、ちょうど彼らと同世代であったこともあって、ものすごく不快な記憶なのです。「どうしてそんなことができるんだろう?」という疑問と、自分だって、そういうわけのわからない事件に巻き込まれる可能性もあるんじゃないか?という不安。自分は主犯にはならないだろうけど、もし知り合いのだれかがそんなことをやっているのを知ったら、自分はすぐ警察に通報できるだろうか…とか、考えていたものです。

 今回の事件に関しては、これだけでみれば「キレやすい男が起こした、短絡的な犯罪」という程度のものでしょう。こういう人間は、たぶんこの世の中に少数派ではあるものの、稀有ではない、というくらいの。
 でも、その「短絡的な傷害事件」を起こしたのが、17年前に、あの「コンクリート詰め殺人」を犯した人間である、となると、この事件から受けるインパクトは、全く違ったものになってくるのです。
 「結局、『更生のために服役』したはずのこの男の人間性は、何も変わってはいなかったんだな」と。
 もちろん、「全治十日程度くらいの怪我だったら、以前の事件より格段の進歩だ!」と主張される方もいらっしゃるかもしれませんけど。
 本人も「ちょっとやりすぎた」というくらいの自覚みたいですしね。

 こういう具体的な例をつきつけられると、「少年を更生させる」というのは、不可能なのではないだろうか?とつくづく感じてしまいます。
 そういう「凶悪な犯罪性」を持った遺伝子みたいなものがあって、それは後天的には矯正できないものではないだろうか?って。
 僕は、人間というのは本当に「変われない」生き物なのだなあ、と思うことが多いのです。夏休みが終わる直前にならないと宿題に手をつけず、毎年反省するものの翌年も同じことを繰り返してしまうことだってそうだし、友人の女性が、いつも同じようなタイプの「イイ男」に引っかかって、結局毎回同じように酷い目に合わされるのもそうです。ひどいアルコール性の肝臓病で生死の境をさまよった末に生還し「もう酒は止める」と決心していたはずの人が、何ヶ月かすると、また同じように酒びたりの生活をして運ばれてきます。

 でも、その一方で、「変わっていくもの」があることも知っています。学生時代不真面目な遊び人だった同級生が、いつの間にか患者思いの立派な医師になっていたり(もちろんこれには、逆のパターンもあるのですが)、自分が年を取るにつれ、いつの間にか、親に接する態度も変わってきたりもするのです。
 
 コチラの資料によると(2−(4)を御参照ください)、【保護観察処分少年の再犯率は更に上昇して17.0%となっているが,少年院仮退院者では,低下に転じて,22.5%】という数字が出されています。ちなみに、今朝のテレビでは、「社会復帰後」まで含めたら、軽微な犯罪まで入れると約50%くらいの再犯率になるそうです。 
 この50%がすべて凶悪犯罪ではないし、社会復帰後の「社会の風当たり」が彼らの「更生」を妨げている、という意見もありましたが、正直なところ、「どうしてそんな犯罪をやった連中を社会が温かくサポートしなくてはならないの?」というのが僕の本音です。なるべく関わりたくない。「社会が悪い」とかいうけれど、みんないろんなものを抱えながらなんとか生きているわけで、社会というのは彼らの前でだけ冷たい顔をしているのではありませんし。

 しかしながら、上の「はてな」の掲示板にもあるように「更生施設のスタッフたちは、みんな一生懸命少年たちのために頑張っているのに、こういうマスコミに大きく取り上げられる『失敗例』だけで責められるのはあんまりだ」という意見もあるようです。逆に言えば、こういう「反社会的遺伝子」を持った少年たちの50%は、彼らの努力により再犯に至っていないのですから。
 それは、ある意味すごいことなのかもしれません。

 まあ、日本の少年刑務所を取り上げた番組を観るにつれ、ああいうふうに「反社会的な傾向」を持った少年たちを1ヵ所に集めて、厳しい刑務官たちに監視させ、職業訓練をしたり、不味い食事を食べさせたり、カウンセリングをしたとしても、どのくらい効果があるかは疑問です。もちろんそこで「自分の過ち」に気がついて生き方を変えることができる人もいるでしょうけど、多くの犯罪者たちは「おつとめ」が終わるのを待ちわびているだけなのではないかなあ。宮台真治さんが書かれていたものを読んだのですが、「刑務所での待遇を良くしたほうが、再犯率が減少するというパラドックス」があるそうなのです。「太陽と北風」の話ではないですが、締め付けられるよりも、愛されたほうが「善性」が目覚めることが多いというのは確かかもしれません。
 でも、感情的には、そんな扱いを凶悪な犯罪者たちが受けることは、やっぱり納得がいかないのです。

 「反社会的なものをすべて排除しようとする社会」というのは、不安ですし、怖いと思います。しかしながら、こういう事件を目の当たりにすると、「こういう連中を『更生』させようとすることに、はたしてどのくらいの意味があるのだろう?」という気もするのです。たとえ、2人に1人は「社会復帰」できるとしても、残りの1人を野放しにしてしまうリスクのほうが何倍も危険なのではないか、と。

 あのとき殺された女子高生は、楽しいことなんか何もない、冷たい土の中にずっといるのに、この男は「俺の女」とか、悪党なりに人生を楽しんでいる場面もあったみたいですから。
 僕の「感情」は、「それは許せない!」と「理性」に訴えます。
 だいたい、この「死刑になるべき男」は、どうしてまだのうのうと生きているんだろう?

 それが「社会の良識」だと言うのなら、僕はそんな「良識」に向かって、唾を吐きかけてやりたい気持ちでいっぱいなのです。
 「所詮、『更生を信じる』なんて口にしながら、他人事だと思っているんじゃないの?」って。



2004年07月04日(日)
「バーベキュー」という名の幻想

「さくらえび」(さくらももこ著・新潮文庫)より。

【小さなバーベキューセットに火がつけられ煙がもくもく出てきた。サンルームの扉は全開にしてあるが、それにしてもけむったい。
 皆、顔をしかめて黙っていた。時々ヒロシが「けむいな」と言うだけで、しばらく煙を見ているしかなかった。
 少し煙がおさまったところで、肉を焼いてみることにした。肉はたちまち焼け、家族は大あわてで肉を食べることになったが、肉の味は良くなかった。ヒロシは「煙の味がするな」と言い、母もそれに同意した。息子は肉を食べようとすらしなかった。
 そうこうしているうちに、それまで晴れていた空が突如雲に覆われ、雷と共に大雨が降ってきた。
 なんだなんだと大騒ぎになり、サンルームの扉が閉められた。サンルーム内に煙が立ちこめ、室内は暑苦しくなってきたがバーベキューに火がついているからこの場を離れられない。
 雷がゴロゴロと鳴り、汗がダラダラ流れ、肉は煙臭くておいしくなく、野菜は黒くコゲていた。こんな状態で楽しい会話なんてこの家族達とはずむわけもなく、時は無駄に流れていった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 「ちびまる子ちゃん」の作者・さくらももこさんが、自宅での「バーベキュー体験」について書かれたものです。
 「自宅のサンルームでバーベキュー」なんていうのは、まさに「庶民の夢」というような贅沢なイメージがあるのですが、実際はこんなものなのかもしれません。
 以前、東海林さだおさんも「バーベキュー」について書かれていたのですが、「バーベキューでは焼肉屋みたいに火加減を調節できるわけではないから、肉は生焼けか真っ黒コゲになりやすいし、外だと暑くて虫はたくさん飛んでくるし、ビールはすぐぬるくなるしで悲惨だった」という内容でした。
 僕もたまにそういう場に誘っていただくことはあるのですが、確かに、あああいうベーべキューというのは、「ハイソな雰囲気」を楽しむものであって、現実はこんな感じなんですよね。
 外国映画の野外パーティみたいに、専属の料理人がいるならともかく。
 夏の海辺でのバーベキューでも、手間はかかるし、そんなに美味しいわけではないし、暑いし、後片付けは大変だし。
 雨にまで降られてしまったのは、不幸としか言いようがないのですが…

 「華麗な生活」というのは、実際はそんなに楽しくないのかもしれませんね。
 真夏でも涼しい顔でスーツを着こなしている人だって、けっして本当に「涼しい」わけではないのと同じように。



2004年07月03日(土)
「泳げない人間」であることのコンプレックス

「このつまらない仕事を辞めたら、僕の人生は変わるのだろうか?」(ポー・ブロンソン著・楡井浩一訳・アスペクト)より。

(若きプログラマー、ジェイミー・ニコルソンさんの物語の一部。彼は、「学資ローンを返して中古車を買えるくらいの金額を<ネットスケープ>で稼いだ」という、優秀なプログラマーだったそうです。)

【ジェイミーは、いかに自分が狭量な人生を送ってきたかに気づいた。もともとニッチな一点集中型だった。それが明らかになったのは、彼女にヨットまで泳ごうと言われたときだ。ジェイミーは正しい泳ぎかたを知らなかった。プールでなら水をかいて泳ぐふりができたが、囲いがない湾の水中は、まるで地獄だった。ついて行くべきではなかったのだ。彼女は仰向けに浮かび、一方のジェイミーは事実上溺れながら、おのれのぶざまさを噛みしめていた。いくら最新のトランジスタ物理学を知っていても、泳げない人間に何の値打ちがあるだろう!
 持ち金を使い果たして帰国の途についたジェイミーは、職業でなく自分を変えようと決心した。「特殊技能なんて昆虫にでも任せておけばいいんだ」】

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 僕もある種の「専門職」に従事している人間なのですが、ジェイミーさんの感じたコンプレックスというのは、なんだかとてもよくわかるような気がするのです。自分が資格を取るまでは、「この仕事に就くことこそが、自分を高めて、特別な人間にしてくれるはず」なんて、ずっと自分に言い聞かせてきたのにね。
 もちろん、僕は自分の「専門的な仕事」というものに、それなりにプライドも持っているのですが、いろんなシチュエーションで、「でも、僕は人間として何かを置き忘れてきたのではないだろうか?」というような違和感にとらわれることがあるのです。
 例えば、海に行ったとしても僕はうまく泳ぐことはできませんし、魚をうまくさばくこともできません。ちょっと運動したら、すぐ休憩したくなってしまいます。男子校で、しかも進学校だったから、普通の学生が体験するような、いわゆる「甘酸っぱい青春」なんていうのとも縁がありませんでした。
 そもそも、そんなドラマみたいな「青春」なんて、現実にはゴロゴロしているものではないだろうけれども。
 農業や漁業をやっている人とか、体を使って仕事をしている人に対して、なんとなく、自分が「虚業」をやっているのではないか、というような気持ちになることがあるのです。
 「そんなつまらない仕事」と若い頃にバカにしていたようなことに、人間の根源みたいなものが含まれているのではないか、って。
 もし「北斗の拳」みたいな世の中になったら、最初に死ぬのは僕だな、とか、原始時代に生まれていたら、即死だろうな、とか。
 「自分が文明社会から切り離されたときに、生きていけるだろうか?」というのは、とても不安になる想像なのです。
 どんなに難しい方程式が解けたり、高尚な文学を読み解くことができても、そういうサバイバル能力には乏しい人生。

 「特殊技能なんて昆虫にでも任せておけばいいんだ」とまで思い切ることはできませんけど、こういうのは、僕だけなんじゃないんだなあ、とあらためて感じました。偉そうに「専門家」として生きていくのも、そんなにラクではないのです。なんだかちょっと三島由紀夫チックですが。

 ライブドアの社長さんは、こんなことで不安になることは、ないんだろうか…



2004年07月02日(金)
「青いバラ」は、本当に美しいと思いますか?

毎日新聞の記事より。

【サントリー(大阪市)は30日、「青いバラ」の開発に世界で初めて成功したと発表した。青いバラは「不可能の代名詞」とされ、1000年近く多くの育種家が挑戦したものの、咲かせることはできなかった。実際の色は薄紫色で、佐治信忠社長は「より青いバラを作り出して、世界中の人々に楽しんでもらいたい」と話した。同社は07〜08年の商品化を目指している。
 バラには青色の色素を生成する遺伝子がないため、交配で赤色の色素を薄めるなどして、青っぽいバラを作っていた。】


7月2日付の「天声人語」(朝日新聞)より。

【バラへの情熱は、門外漢には計り知れないところがある。愛好家たちはさまざまな色と形を貪欲(どんよく)に追い求めた。品種改良でこれほど多彩になった花は稀有(けう)だろう。ただ、青いバラだけは不可能だといわれてきた。一昨日、サントリーと関連会社が遺伝子組み換え技術で青いバラを開発したと発表、バラの歴史に転機をもたらすかもしれない。

 最相葉月さんの『青いバラ』(小学館)は、サントリーの開発計画も含め広範な取材でバラをめぐる世界を描いている。その上で、高名なバラ育種家が問いかけた言葉を読者にも投げかけた。「青いバラができたとして、さて、それが本当に美しいと思いますか」 】

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 実際の「青いバラ」の写真はコチラ
 僕の印象としては、記事にもあるように、青というより、紫陽花みたいな薄紫かな、という感じです。
 もともと青い色素を作る遺伝子のないバラを「青くする」のは不可能だと考えられていたのですが、今回のサントリーの偉業は、【青い色素を作るパンジーの遺伝子を組み込み、青色がはっきりと、安定して出るよう工夫した】ものなのだとか。
 要するに、「遺伝子組み換え」の技術を応用したものなんですね。

 食品ではありませんから、人体への影響が危険視されることはないでしょうけど、その一方で、僕も「では、青いバラというのは本当に美しいのだろうか?」という気もするのです。
 不可能の代名詞とされてきた「青いバラ」というのは、裏を返せば、「青いバラがあったら綺麗だろうなあ…」と思っていた人が、いかに多かったか、ということでもあるのです。
 そして、多くの人々の夢を吸収して、「青いバラ」というのは、その実体以上に美化されてきた面もあるのではないでしょうか?
 「不可能」だからこそ、みんなそれを追い求める、という存在。

 【「青いバラができたとして、さて、それが本当に美しいと思いますか」】というバラ育種家の言葉は、おそらく「青いバラなんて、そんなに綺麗なものじゃないよ」という意味ではなくて、「絶対に実現不可能な青いバラ」というイメージ以上に美しい花というのは、どんなに頑張っても作りようが無い、という意味なのだろうな、と僕は思うのです。
 「夢」だからこそ、青いバラは美しい。

 そんなことを言いながらも、時間が経つにつれて、青いバラというのは「当たり前の存在」になっていくのでしょう。「イメージほど綺麗じゃない」「そんなの不自然だ」と最初は感じる人が多くても、やっぱり、大事な人には珍しい花をあげたい、と思う人だって多いだろうし。
 それはそれで、なんだかちょっと寂しい気もしますね。

 ひとつの夢が叶うというのは、ひとつの夢が失われるということでもあるのです。
 さよなら、僕たちが夢見ていた「幻の青いバラ」。



2004年07月01日(木)
「とんでもない公務員」の悲劇

共同通信の記事より。

【千葉県船橋市は1日、規定より長い昼休みを頻繁に取ったなどとして、建設局道路部の男性主査(55)を減給10分の1、6カ月の懲戒処分にしたと発表した。市は「信用失墜と職務専念義務違反」としている。
 市によると、主査はほぼ1年間にわたり、1時間と決められている昼休みの前後をサボり、最大2時間の休憩を取っていたという。休憩時間中、市役所から徒歩7、8分の路上に止めた自家用車内で寝るなどしていた。
 また終業後に一刻も早く帰るため、勤務時間中に車を庁舎前の来庁者用駐車場に移動させていた。主査は「電車通勤」と偽りの申請をしていた。
 この主査が車内で寝ているのを目撃した市民が、市役所内で主査を見つけ、市に通報した。主査は「昼休みは1人で過ごしたかった。寝過ごすことがあった」と話しているという。】

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 うーん、最初にこの記事を読んだときは、「仕事サボって昼休みを長めにとるなんて、とんでもない公務員だ!」なんて憤ってみたのですが、読みすすめていくうちに、なんだかこの人の抱えている「痛み」みたいなものをいろいろ想像してしまいました。
 人より1時間長く昼休みを取れるのは確かに羨ましいし、55歳にもなる大人としては、あるまじき職務違反なのですが(いや、若ければやってもいい、ってわけでもないけど)、この人が周囲より長く昼休みをとっていた理由が「昼休みは1人で過ごしたかった。寝過ごすことがあった」というのは、なんだかとても悲しい話だなあ、と。
 だって、せっかく「他人より長い昼休み」をとっても、この人は10分弱くらい歩いて車のところまで行って、車で昼寝していたというのですから。少なくとも、ワクワクするような昼休みの過ごし方じゃないですよね。
 僕だって独りになりたいことはありますけど、こんな苦労をしてまで短時間車で寝るよりは、同僚と昼御飯を食べに行くか、近くの本屋にでも行くだろうし…
 よっぽど職場に居辛い状況だったのか、それとも「うつ状態」だったのではないかなあ、なんて心配にもなるのです。
 懲戒処分と同時に、メンタルケアも必要なのではないでしょうか?

 それにしても、そういう勤務状態で一年間も勤務していて、市民の通報がなければおそらく処分されなかったであろうというのは、すごい話でもあります。そんなにヒマなのか、建設局道路部の主査って。
 まあ、「どうして勤務時間中に車で寝てるんだ!」って、それをあえて「通報」する善良な市民がいるっていうのは、「公僕」である公務員も大変だとは思いますけどね。真面目に働いている人もいるだろうに、多くの人に「こいつらはラクしやがって!」みたいなイメージで「監視」されてるのって、それはそれでちょっとかわいそう。
 そんなことも、「最近風当たりの強い職業」に従事している僕は、つい考えてしまうのです。