Sotto voce
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2002年11月30日(土) 雨音。

フロントガラスを激しく叩く冬の雨が

車中の二人を隠してくれてよかった。

好きでもない男とキスをしながら

雨音と本当にキスをしたかった相手のことを考えていた23時過ぎ。


2002年11月29日(金) 三十一文字の恋心。

昨日、知人とMSNのメッセで遊んでる時に、

なぜかふたりして和歌を詠み始めた(笑)。

もう季語とか全然関係なしで。

五七五は、あまりにも字数がたらなすぎてなかなかかけないが、

その点短歌は、たった14文字増えただけなのに世界が広がる気がする。

日本独特の文化、世界で一、二を争う短い詩のスタイル。

俵万智さんや黛まどかさんたちが、

今の世代に合う恋歌綴りをメジャーにした感があるが、

結局小野小町の時代だって、今からすると言葉遣いが違うだけで

当時としてみりゃぶっとんだ内容の歌もあったんじゃないかと思うけど。

というわけで、昨日即興で作った歌披露(恥)

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「夢の中 優しい君の眼差しに 現実(まこと)であれと願いつ目覚め」

「届かない 返事を待ちて いつまでも ならない電話の 画面を眺め」

「綴れない 言葉(おもい)を胸に押し込めて そらす話題の響き空しき」

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2002年11月28日(木) ピアノ。

表のHPの素材探し、Midi探し中。

さすがにこの時間帯にパソコンボリューム上げるわけに行かないので

ヘッドホンをして作業中。

別ウインドで知人とMSNのメッセで遊んでるのだけど、

バージョンアップしたら、メッセージがUPされたときの呼び出し音が

前のよりいい感じに変わった。

ヘッドホン越しに聞こえる呼び出し音が、耳に心地いい。

基本的にWin98の効果音(注意音?)ってピアノの音だから、

結構好きなんだ。


ピアノの音が、好きだ。

自分が習っていたせいもあるけど、あらゆる楽器の中で一番好きな音色。

プレイヤーのくせ、感情、力の強弱、曲の感じなどで

様々な表情を見せるピアノの音が好きだ。


ピアノを習ってる人はわかると思うけど、

あの重い鍵盤を叩くにはかなりの力が要る。

だから指先はなんだか丸い感じになるし、

鍵盤に叩きつけても耐えうる力が指先につく。

ピアノだけでなく、あらゆるキーボードを打つときに力が入ってしまう

そのくせが今でも抜けなくて、

パソコンのキータッチ音がうるさい、とよく言われる。(苦笑)


2002年11月27日(水) 飛び立つ鳥を。

両親の別居準備が着々とすすんでいる。

母と妹がここを出て行き

私は父と暮らす。

なんか、でていく母たちは楽しそうで。

出て行く人を見送る立場ってのも結構辛いもんで。

もはや会話のない両親の伝言板の役割もしつつ。

しかも出て行く人の支援までしつつ。


確かに、私は父の次に収入がありますよ。

でもさ、離婚して別居する娘に転居先の保証人頼むかね、普通。

しかも一緒にいるときはさんざんなじり倒してきた娘を

ここぞとばかりに拝み倒すなんざ。

私の前の職業で得た知識が役に立って!?

銀行関連や電話なんかの手続き方法を教えていたら

わからんからおまえがやってくれ!という始末。



私ができたことで結婚したふたり。

子供のころ両親が大喧嘩するたびに

「おまえさえできなければ」と言われつづけた。

そして30年。

もはや「子はかすがい」ってのも通用しなくなった年数を経て

ひとつの家族が崩壊し、新しい人生へ向かって飛び立つ二羽の鳥。

それを追うことも止めることもできずに見送るしかできないのが、今の私

そして、残された私たちの親子二人の生活が、もうすぐ始まる。


2002年11月25日(月) Tears。

笑顔の裏に隠す涙

あなたにだけは知られたくない

どんな時でも笑顔でいられる

そういう特技があってよかった。

いつだって笑ってるように見える

いつもはコンプレックスでしかない自分の顔を

初めてこの顔でよかった、って思えた1年前の福岡の夜。


2002年11月24日(日) ちょっと某所風に。

あなたになら傷つけられても 汚されてもかまわない。

どうせなら あなたを忘れさせてくれるほどに。

あなたを憎むことでこの恋から解放されるのなら

ずたずたに私を傷つけてください。


2002年11月23日(土) 今日の一言。

私の中の真っ黒な思いが浄化されるのと

毎夜悩まされる妄想が見せる夢から解放されるのは

いったいいつ?


2002年11月22日(金) 昼休み。

昼休み、もはや恒例となりつつある

携帯(iモード)でのWEB日記チェック。

周りに誰もいなくて事務所で一人で留守番なので

弁当食べながら左手で携帯操作、という

はたから見ればかなり行儀の悪いことをやっております(苦笑)。

某知人の日記が私宛ての私信になっていて、

それを見ていたらもういろんな感情がごっちゃになって

ぼろぼろ泣いてしまった。

そこへタイミング悪く、上司K部長帰社。

右手に箸、左手に携帯。

そして本人はあからさまに泣き顔。

さすがの鬼上司、K部長も何もいわずに自分のデスクに戻っていきました・・・。

ってゆーかこれって、結構奇妙な光景よね?

あーなんかやなところ見られちまったわ・・・・。


2002年11月21日(木) 30年目の家庭崩壊。

ついに両親が離婚決定。

母親の住む家も決まりそうだ。

昔から母と折り合いのよくない私は、いつか母から離れたいと思っていた。

まさか、逆のパターンでそれが実現するとはね。

母は妹と一緒にこの家を出る。

諸般の事情により私は実家を動けない。

必然的に親父の面倒をみることになる。

主婦業をやることはまあいいとして。

母が出ていった後、この田舎で親戚や地元の人々の好奇の目にさらされ、

噂のねたにされ、それに耐えなおかつ彼らと付き合っていくのも私だ。

それを考えると、不安でたまらない。

彼らは、父に面と向かっては言わないだろう。

親切・心配顔して擦り寄ってきて、無神経に事の真相を私に問いただす。

この土地で何かあるたびに繰り返されてきた人々の対応が

まさかうちだけ例外でそっとしておいてくれると言うことはないだろう。

出て行った母たちはどういわれようと、自分たちの耳に入ることはない。

そして、母は私に新居(公営住宅)の保証人になれと言う。

こういうときばかり、調子のいいもんである。

口では残されるおまえ(私)がかわいそうだとかなんとか言うけど

絶対に一緒に来いとは言わない。

でていくとなった時点で母は高らかに言ったもんだ。

「私は○○(妹)と住む」と。

私たちが知らない間に、母と妹の間ではそういう相談がまとまっていた。

家に帰ると、妹と母が何か相談していて、

私の顔をみるとそそくさと話題を変えてしまうその態度が気に入らない。

彼女達にとって、私はもうすっかり蚊帳の外、関係ない人間なのだ。


2002年11月20日(水) どうしよう。

この不安定な状態をなんと表現すればいいのだろう。



ネット上でしか打ち明けられない私の思い。




もうもはや、現実の私に安らぎの場所は、ない。


2002年11月19日(火) Egoist。

悩みのない自分になりたい、悩みのない国へ行きたい。

もっともっと強くなりたい。これからのことをいちいち不安に感じないように。

自分のことだけ考えて自分勝手に生きてたい。

そう思うこと自体がすでに自分勝手・エゴイストなんすかねえ。





表と裏のバランスを取るのがかなりいっぱいいっぱいな最近の私。


2002年11月18日(月) バスルーム。

最近、風呂場で考え事をすることが多くなった。

自分の部屋には必ず妹がいる。

茶の間にいれば母の愚痴か両親の罵り合いを聞くはめになる。

トイレで考え事ってのはさすがに・・・・。

というわけで、みんなが入り終えてちょっとぬるくなったお風呂に浸かりながら

ぼーっと考え事をするのが習慣になりつつある。

考えることはその日によって様々で

小説や詩のネタを練ってることもあるし。

今日の反省や明日の仕事の段取りを考えてたりすることもある。

たまには歌の練習をすることもある。

どうしようもなくいっぱいいっぱいで泣くことだってある。

少なくともこの空間だけは、この時間だけは誰にも邪魔されないから。


2002年11月17日(日) 29女の主張。

そりゃ、自分が女らしいとか、繊細だとか。

これっぽっちも思っちゃいませんよ。

他の誰かに言われたのならこんなには思わない。

でも、あんたにだけは言われたくなかったこの言葉!!

「○○(表のHPでの私のHN)ちゃんの男勝りなところが好きです」

ちなみに発言の主は、以前この日記に書いた

女優のM.Iさんマニアの、知人のHPを荒らしまくった人。

ふーざーけーるーなー。

っていうか、この人の掲示板での発言・片っ端から削除してるから

自分がどんな扱いされているかわかってるだろーに。

私がゲストブックの方には書き込み拒否の設定をしてないのをいいことに

上記の発言・さらに「メールください」としめてある。

わからん・・・・あんたの心ん中と言うか、思考形態がわからんよ。


2002年11月15日(金) 口は災いの元。

人のことは言えないが、

口は災いの元、ってことわざは奴の辞書にはないのだろうか!?

どうして自分が嫌われるのか、わかってないんじゃないんだろうか。

無口すぎるのも何考えてるかわからない、と

他人には敬遠されるかもしれないけど、

いい年こいた大人が口が軽すぎる、というのは論外だ。信用できない。

そのくせ

「言葉で人が傷つくのを知ってるから 私は自分の意見を言わない。

傷つくのは自分ひとりでいい」なんてのうのうとぬかしやがる。

じゃあ、あんたがその軽すぎる口でぺらぺらしゃべったことで

誰も傷つくことはないとでも思ってるのだろうか。

馬鹿と言う言葉は使いたくない。昨日の日記でもかいた。でもあえて言う。

あまりの無神経さと馬鹿さ加減に、いいかげんあきれた。

奴とは8年ぐらいの付き合いだが、もうこれっきりにしたい。


2002年11月14日(木) 腹黒思想。

あんな書き込みぐらいで、動揺してるところなんか見せてやらない。

あたしが反応することで、あいつの思う壺になんかなりたくない。

何であの時、鬱な思いを抱えたまま沈没してくれなかったんだろう。

あの日、東京湾の奥底で眠れ、二度と浮上するなとばかりに送ったメール。

ところが奴はあっさりと復活してしまった。




あんたの昔語りなんか聞きたくない。

あんたのその限りなく軽い口から語られる話のなんと残酷なことよ。

その無神経さと馬鹿さには寒気がするほど嫌悪感を覚える。

お願いだから消えてくれ、少なくともネットの世界から。

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今日の日記は某所で猛威をふるってる

猛毒変態海老(苦笑)に対して当てたものです。

わかる人しかわからない話題で申し訳ない。


2002年11月12日(火) 耳に残る、不快感。

昨日の続き。

私は彼にメールを書いた。それも、結構きつい内容の。

そして今日、表サイトのアクセス解析をチェックしてみたら

日に数回も来ている彼が、今日は一回も来ていない。

メール読んだのかな?と思いつつ仕事を終えて家に帰てぼーっとしていると。

彼から電話がきた。


予想外に、彼は元気そのものだった。

というか、昨日の今日でなんであんなにへらへらぺらぺら語れるんだ!?

もう腹が立つやらなんやらで憎たらしくて仕方ない。


2002年11月11日(月) とてつもなく、不快感。

これは直接私が関わったわけではないのだけど。

知人のおねーさまの所に、サークル関係の知りあいが書き込みをしている。

以下に自分が精神的に苦しいか、それを書いている

さりげなく死をほのめかすような書き方にも取れる。

さすがに私もこれ見たときはあせった。

しかしその後、彼自身のHPに飛ぶと、掲示板に

「傷つくのは自分ひとりでいい」という言葉があって、それで冷めた。

ヲイこらちょっと待て!と思いましたね。

辛いことも苦しいことも自分自身で背負っていく、という意味ですよね?

なのにその一方では 知人のねーさんを怯えさせるような

ある意味脅迫にも似た書き込みをしている。

人に縋るな、といってるんじゃない。

苦しい時は苦しいといっていいんだ、

だけど、縋られた相手が怖がるような縋り方をするな!って言いたい。

「傷つくのは自分だけでいい」なんて言うな!



彼女からよく話を聞くと、こういうことは前からあって。

自分は苦しい、かまってくれないと手首切るだのというメールをよこすらしい。

これはあからさまに脅迫だし、彼の甘えでもあると思う。

30すぎた男が何やってんだよ!と喝のひとつも入れたくなる。


2002年11月09日(土) 君住む街へ。

直接たずねていく勇気はないくせに

どこかでばったり会うことを期待している。

君が住む街。

この街のどこかで君は今日も生きている。

君への誘いのメールを何度も打っては消去して

携帯の最後の一桁が押せなくて。





2002年11月08日(金) めちゃくちゃに泣いてしまいたい。

子供のときのように

泣くことで大人の身勝手な感情を

根底からひっくり返すことができるのなら。


2002年11月07日(木) なんなんだろ・・・

今週は、まさにふんだりけったりの日々。

ちなみに今は、動かなくなった車の中で

助っ人の親父の到着待ちしながら携帯で書いてる次第。

バッテリー替えて半年も経たないのに〜(-.-;)

やっぱ車でパソ使うのがまずいのか。


2002年11月06日(水) ココロノサイン。

抑えきれない怒りと苛立ちと不安。

もう何日も下がる事のない微熱。

このまま熱にやられてぶっ壊れてしまえたら楽かもしれない。


2002年11月05日(火) 家族の会話。

いつのまにか、互いを罵ることでしか会話ができなくなった私たち。

口ではどんなことを言っても 母に出て行って欲しくないのがみえみえの父。

自分じゃ答えを出せずに 占いや宗教にすがるしかなかった母。

自立するとかいうけど、結局は家を出て彼氏と同棲するつもりの妹。

何を言っても他の3人に集中攻撃をくらうので 沈黙を貫き通す私。

4人がそれぞれ、気持ちの歯車がかみ合わなくなっている

私たち家族に残された日々は

私たちが全員揃ってこの家で過ごす時間は

あとどのくらい残されているのだろう。

これが30年目にして崩壊した、家族の無残な姿。


2002年11月04日(月) もしも神様がいるのなら。(毒舌気味)

これ以上ないくらいの試練を与えてくださってありがとうございます。

おかげさまで家庭崩壊決定。

昨日の占い師の話を聞きながら思ったこと。

言われたことは当たっている、見事なくらいに。

でも、先祖の霊やらが子孫の人生を左右すると言うのが本当なら

私はもう神も仏も信じたくない。

父の今までしてきたことも

母と私がどうしてもうまく行かないのも

全てが祖先・縁者の霊に操られてのことならば

今私たちがここに生きている意味はどこにあるの?

生まれた時から決まっていた運命だと、それで片付けられてしまうのならば。


2002年11月03日(日) 信じる信じないはべつとして。

母に引っ張られ、とある占い師のところへ。

かなり当たるらしく、名前と生年月日かいて、

後は私をじーっと見て(透視?)

「あんたの状態は○○だね」と話を聞く前にずばずばと物を言うのでびっくり。

8〜9割は当たってた。

でもね。

たしかにこの人の言うことは当たってる。

親父とのことでいっぱいいっぱいで仏様にすがりたくなる気持ちもわかる。

だからって、30年近く一緒にいる私たちよりも

昨日今日あった占い師さんの言うことを信じてる、ってのが

母の言動に見え隠れしててものすごく複雑だった。

やっぱり私たちに残された道は、「家族崩壊」しかないのか。

夜、帰宅した父に、母が占い師の「お告げ」のことを話していた。

父はこういうのを全く信じない上に、

自分の先祖をけちょんけちょんに言われたから機嫌が最高に悪い。

しまいには自分がそのやぶ(占い師)のところに行く!と言い出した。

信じる信じないはべつとして、明日の父がどんな態度に出るのか。

見たいような、見たくないような・・・・・。


2002年11月01日(金) 詩を書く人として。

心を表す言葉が浮かんでこない


せっかく浮かび上がった言葉を理想の形に綴れない


今まで何とかやってきたけど、


もう限界なのかもしれない。


安積 紗月 |MAILHomePage

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