9年前になる。 蓼科の山荘に、父と母を連れて行ったことがあった。 散歩の好きな父に、森の中を歩いて貰いたかった。 そのころには、もう父は、知らないところを一人で歩くには、不安を覚えるようになっていて、夫か私が付いて歩いた。 家の前からなだらかな坂を下り、別の小道に出ると、小さな流れがある。 「この川はどこに流れていくんだろうね」と父が言った。 そして「逝く秋の川の流れに付いていく」と、独り言のように付け加えた。 短歌を嗜んでいた父は、時々、こんな風に、喋っている言葉が韻文調になる。 そしてしばらくの間、小さな流れを見つめていた。 こんなことも、いまは彼岸に渡ってしまった、父との思い出である。
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