沢の螢

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夜から朝への時間
2006年02月02日(木)

このところ、昼前に記事を書くことが多くなった。
以前は、深夜にエントリーすることがほとんどだった。
昼間書いた記事と、夜から未明にかけて書いたものと、どう違うか。
自分の記事だから、アップしたものについて、比較してみたことはないが、キイボードを叩いているときの気持ちは、時間帯によってかなり違う。
明るい光が窓から差し込んでいるときは、あまりに悲惨なニュースなどを取り上げる気にはならない。
前向きな話題や、楽しかったことなど、書きたくなる。
が、深夜、周りが寝静まっているとき、キイボードの音だけを聴いていると、時に、世の中を否定的に見たようなことを、恨みがましく書いたりする。
しかし、何かのテーマについて、じっくり書きたいときは、やはり、夜、一人になったときがいい。
誰にも、邪魔されず、自分の心の中を見つめるには、夜ほどいいときはない。

昔は、インターネットなどは存在しなかったから、直に会えない人との交流は、電話か手紙だった。
電話も、私の高校生のころまでは、自宅になかった。
近所に持っている人がいると、緊急時の呼び出しだけ頼むのがせいぜい。
しばらくして、近所の家と共同で引いたが、片方が使っていると、もう片方は使えないし、知らずに受話器を取ると、ほかの家の会話が聞こえたりするので、親たちが、必要最小限使うだけで、子供にまで回ってこなかった。
小学生にまで、ケータイが普及している今とは、隔世の感がある。
だから、思春期の若者たちのつき合いには、手書きの手紙が重要な役を果たした。
好きな人に、思いを伝えるのに、どれほど心を砕いたか。
例え、東大を一番で入学するほどの頭脳があっても、恋は別である。
不安と、一途さと、相手を思う気持ちが、溢れそうになったとき、矢も楯もたまらず、ペンを取る。
でも、最初の一行を、どうやって書くか。
何度も書いては消し、破り、一晩かかって、一行もかけないつらさ。
削除も、上書きも出来ないのだし、書いたものは、残るから、誤字脱字、言葉の使い方にも気を配らなければ、ならない。
たくさんの本を読み、その中に書かれた恋の話には詳しくても、いざ自分のこととなると、気の利いた言葉一つ浮かんでこない。
そんな胸の痛む思いを、今の60代、70代以上の人たちは、多かれ少なかれ、経験している。
そんな中で、読む力、書く力も、培われたような気がする。

私は、手紙は、いつも夜から明け方にかけて書く習慣だった。
親たちや、弟妹が寝たあと、机に向かって、ペンを握る。
勉強道具の下に、いつも便せんが隠してあった。
ある時、珍しく、そのころ付き合っていたボーイフレンドに、昼間書いたものを投函した。
すると、相手から「別の人の書いた文章みたいだ」と言われた。
いつも、感情に流されたような書き方が多いのに、その手紙だけは、理性的で、カラッとしているというのである。
言われるまで、気づかなかった。
「手紙はいつも、夜書くの」と言われ、そうだというと、「朝読み返すと、書き直したくならない?」という。
「そのままポストに入れてるわ」というと、「僕は、夜書いたものは、朝読み返して、少し書き直すんだ」という。
そんな風に、手間ひまかけるのかとビックリし、そう言えば、彼の手紙には、破綻がないなあと、思い当たった。
冷静にしっかりと、感情をセーブする人なんだなあと感心した。
「でも、君は、夜書いた方が、君らしくていいよ」と、彼は言った。
大学生になって、それぞれ別の世界に身を置くようになり、自然に交際が途絶えたが、貰った手紙は捨てずに、まとめて仕舞って置いた。
30代半ば頃、引っ越しの折り、そっくり出てきた手紙の束を、懐かしく読み返してみたら、高校生の時にはわからなかった、彼の、真摯で、誠実な人柄が、文面から立ち上って来るではないか。
冷静で、感情を出さない人だと、私が思いこんでいたのは、表面的な見方だったことに、気づいた。
大事なところは見ていなかったんだなあと思った。
メールでは、多分、こんなことにはならない。
小出しで、饒舌で、見えなくていいところまで、出てしまう。
この数年、私も、手軽に送れるメールを使うが、貰ったメールも含めて、感動するようなものに出会ったことは、あまりない。
早さと手軽さで、事務的な用途には最適だが、微妙なニュアンスの違いや、感情的な要素が入り込むと、時に、誤解を招いてしまう。
メールは、元々そういうことには向かないし、前文も後書きもなく、瞬時に送れるから、時間をかけて、文章を練ると言うこともないのだろう。
人のメールを、コピー、貼り付けで、第三者に送ったりするケースに出会うと、メールは、使いたくないなと思う。
封筒が変色し、字が薄れても、大事な手紙は、決して捨てない。
そして、大事に思っている人へは、やはり、心を込めて、手書きの手紙を、書きたいと思う。
夜から朝への、静謐な時間に・・。



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