私の住む市では、小ホールで、年に3回ほど、古い名画を特集で取り上げる。 昨年秋は、アメリカ映画と落語を組み合わせての催しだったが、今回は3月まで月に一度、戦前戦後の日本映画を上映する。 今日はその一回目、山中貞雄の映画2本だった。 「丹下左膳余話・百万両の壺」と「人情紙風船」。 江戸末期の庶民を対象とするもので、どちらもはじめて見る作品だが、いたく感動してしまった。 丹下左膳は、大河内伝次郎主演。1935年のもの。 百万両のありかを地図に塗り込んだという、こけざるの壺をめぐって、繰り広げられる、喜劇タッチの話。 壺を探す侍、知らずに屑屋から貰った壺に金魚を買う子ども、その子どもを我が子のように面倒見る左前と女房。 江戸の風俗や庶民の暮らしが出てきて、大変面白く、終わると一斉に拍手がわいたほど。 観客はみな地元の、中高年が主である。 懐かしい俳優や、よく知ったような生活の場面が出てくると、愉しいのである。 2本目の「人情紙風船」は、ぐっと変わって、静かでもの悲しい、長屋の人間模様。 この映画は、題名だけは何度かきいていた。 長屋に住む浪人。 父親を亡くしてから、知り合いの武士を頼るが、足元を見た相手は、取り合わない。 その話をタテに、同じ長屋の庶民達のそれぞれの世界がヨコになって、人間模様を描き出す。 最後は、浪人が妻もろとも心中して終わるが、しっとりと人情の機微を描いて、傑作だと思った。 山中貞雄が28歳の作品。 完成直後に赤紙が来て、中国戦線に従軍。翌年現地の野戦病院で死ぬ。 「陸軍歩兵伍長としては男子の本懐。されど映画監督山中貞雄としては『人情紙風船』が遺作ではチトサビシイ。負け惜しみにはあらず」という遺書を残している。 山中は、映画会に入ってから死ぬまでに、26本の映画を撮ったが、現存するのは、わずか3本という。 いずれも23歳から28歳までの作品である。 小津安二郎とは、中国戦線で再会しているが、山中も生きていれば、小津に負けずとも劣らぬ映画作品を残したであろう。 戦争は、こうした優れた才能も、犠牲にしているのである。
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