沢の螢

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水平思考
2003年07月30日(水)

亡くなった草間時彦氏が、連句をやる人は、垂直思考より、水平思考であるほうがよいと、あるところに書いていた。
その正確な意味は、よくわからぬが、たとえば、企業で、タテ社会の論理を最優先するタイプの人は、文芸にはあまり、向かないだろうと言うことは、何となく推測出来る。
最近連句友達から「あなたは水平思考だから連句に向いてますね」と言われ、草間氏の言を思い出して、これは勲章だと思った。
ただしその人が言った言葉には「私は垂直思考だから論文のほうが向いてるんです」というおまけが付いていたのだが・・。
その人の頭の中には、多分、水平思考より垂直思考のほうが、すぐれていて、アタマがいいのだという、考えがあったのかも知れない。
むかし、エッセイを書くグループに入っていたことがあった。
お互いに、身辺のことを書いて、小冊子にするだけのささやかなものだったが、そこに定年退職した男性が入ってきた。
書くことが沢山あるのでと、張り切って参加した。
毎回、せっせと、作品を発表した。
ところが、立派な文章を書くのだが、読んでいて、面白くないのである。
魅力がないといったらいいのだろうか。
女性達は、どちらかというと、文章は苦手だけど、何か表現したいと思って参加している人たちだった。
家庭内の些細な出来事、主婦の目で見た政治や社会に付いての意見、論理的ではなく、稚拙ではあっても、自分の身の丈にあったものを書いているので、それぞれ、その人なりの個性が出ていた。
ところが、件の男性の書いたものは、新聞か雑誌に出てきそうな非の打ち所のないような文章でありながら、その人らしさがどこにもなかった。
合評会でもその人の書いたものに話が及ぶと、あまり発言する人がなく、その人は、こんなシロウト集団でやっていられるかと思ったらしく、まもなくグループを去り、もっと、やりがいのあるところに移ったらしかった。
今思うと、その人は垂直思考のひとで、エッセイも、論文みたいな書き方をしていた。
独りよがりというのか、上から下に教え諭すようなくささがあって、やたらと難しい言葉を使い、どうでしょう、うまく書けてるでしょうという気持ちが、見え隠れしていた。
ご立派です、恐れ入りましたと、言うほかないのである。
読者に立ち入る隙を与えない。
そのようなものは、論文としてはいいかも知れないが、感動にはほど遠い。
うまくなくていいから、感動のある文章を書きたい。
連句の魅力は、自分の句だけで完結しないところにある。
次の人のために、余情を残しておく。
気遣いと発見が連句の命であろう。
文は人なりというが、連句も人なりと言えるかも知れない。
ミューズの神よ、我に詩心を与えよ。
人の評価は関係ない。
遙か高みに心を遊ばせ、魂の震えるような一句が出来たら、それでいい。



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