沢の螢

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逃げぬ男
2003年07月27日(日)

久しぶりの晴れ間。
夕べは「送り梅雨」という風情の、激しい雨が降っていた。
何度かこんな雨が続いたあとに、梅雨は終わり、かっと照りつける夏がやってくる。
今年は少し梅雨明けが遅いようだ。
涼しくて助かるが、冷害の影響があるかも知れない。

連れ合いが先程から庭仕事に精を出している。
隣のご主人と話している声が聞こえたので、訊いてみたら、境の塀の両側に伸びている下草の取り方について、相談していたのだった。
この隣人は、親の代からのご縁だが、お互い、節度をわきまえた付き合い方で、30年続いている。
まだ親の一人が存命中なので、代替わりしたわけではないが、長男に当たる人が、近くに住んでいて、時々留守宅のケアをしに来るのである。
私たちより少し年上だが、夫婦とも、つかず離れずの付き合い方の理解出来る人たちなので、隣人としては、最高である。
明治生まれの親たちは、私の父と同じ年だった。
そんなこともあって、ここに引っ越してきた時から、ずいぶん世話になった。
奥さんのほうは、短歌をたしなんでいて、若い頃、婦人記者をしていたという経歴もあり、そんな話題をかわしたこともある。
人付き合いの下手な私だが、なぜか私にはシンパシイを持っていてくれて、何かと庇ってもらった。
2年前に亡くなり、その連れ合いは、今病院にいる。
二人の息子も、良くできた人たちで、べたべたした付き合いはしないが、何かあった時は、黙って、お互いを気遣うという関係が続いている。
「隣は選べませんから」というのは、亡くなった奥さんの言葉だった。

我が家では、外交は連れ合いの役目、ケンカする時は私という役割分担が出来ていて、息子がいた時は、父親と同じ、外交を引き受けていた。
回覧板を廻すのは連れ合いの仕事、市役所などに文句を言うのは私の役目である。
普通の家とは、どうも分担が逆らしいが、長年の習慣でそうなったのである。
家にお金を運んでくる連れ合い、これから世の中に出なければならない息子が、世間から敵視されるのは困るが、私は、人によく思われなくても構わないと思っているので、敵役を買って出たのである。
でも、それは、家族の支えがあってこそ出来ることで、いざというとき、絶対に味方になってくれるという信頼感がなければ、敵役は出来ない。
昔からある嫁姑の問題、私の若い頃も少しあった。
出来すぎた連れあいの母と、気の利かないヨメである私とは、時に些細なことでケンカをした。
そんなとき、私が一番ありがたかったのは、連れ合いが、間に立って、正面から問題に立ち向かったことだった。
妻も母も、どちらも自分には大事、だから、逃げないという態度で通した。
時に、二人を前に並べて叱り、つまらないことでも、解決しようとした。
姑は70歳でなくなったが、私が連れあいの母を懐かしく思うのは、お互い本音で付き合えたからで、それには、連れ合いの態度が大きく影響している。
女同士の争いは、些細なことが原因であることが多い。
その時、間にいる男が、片方に味方したり、自分だけいい子になって、問題から逃げていたら、やがて小さな目の筈のことが、取り返しの付かないことにふくれあがることもあるだろう。
逃げる男。家長としては失格である。
逃げない男と、縁あって暮らしている私は、幸せと思わなければならない。



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