沢の螢

akiko【MAIL

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仮面の時
2003年07月26日(土)

パソコンなどというものが、我が家に存在しない頃、通信手段は、1に手紙、2に電話だった。
6年前、まず連れ合いがノートパソコンを購入、IT教室に何度か通って、電脳生活に入った。
常勤の仕事を退いて、時間が出来たので、まずメールを使い始め、それから3年後にPCを買い換えて、念願のホームページを立ち上げた。
暇があるとパソコンに向かって、せっせと、ページ作りを始めた。
私は、機械ものがもともと苦手な上に、インターネットに偏見を持っていたので、はじめはまるきり関心がなかった。
特に、メールについては、あんなものと、内心ケイベツしていた。
速くて便利だとは聞くが、必要性は感じなかった。
メールにまつわるコワイ話も、新聞種になったりしたので、まず自分がメールを持つことはあるまいと思っていた。
しかし、連句作品などを清書するには、手書きよりワープロのほうが見やすいので、その都度連れ合いに頼んで、入力とプリントアウトを頼んでいた。
「しょうがないなあ」といいながら、1,2枚のことなので、手伝ってくれた。
連句の会を催すことになり、当番幹事を引き受けたことで、パソコンの出番が増えた。
気安く手伝ってくれていた連れ合いが、あまりいい顔をしなくなり、やはり私もパソコンぐらい出来ないとダメかなと思い始めた。
特に、会が終わって、作品集を作る段になり、人にものを頼むことの下手な私は、結局、連れ合いを煩わすことになった。
「今後は君も、自分でワープロぐらい出来るようになりなさい」と言われ、いよいよその時期が来たことを痛感した。
2000年の暮れ、市のIT講座に申し込み、どうやらメールの操作だけマスターした。
インターネットは、それから半年あとになる。
食堂の隣に、ささやかな私の書斎が建ち、自分の机とデスクトップのパソコンを購入して、私も電脳生活の仲間入りをした。
ADSLになり、インターネットの環境も良くなったので、あちこちのwebサイトを見て歩いた。
そのうちに、私もホームページを作りたくなり、ジオシティにアドレスを取った。
連れあいの使っているホームページ作成ソフトを入れて、ホームページを立ち上げた。
それが昨年初めである。
それから日々更新を重ねて、今日の形になっている。
私もメールアドレスを持っているが、一時は頻繁に使っていたメールを、最近は顔見知りの間では、事務的連絡以外には、使わないことを原則にしている。
便利ではあるが、使い方を誤ると、とんでもないことになる不快さを経験したからである。
顔を見てはとても言えないようなことを、メールでは簡単に言ってしまう。
手軽である反面、気遣いも、礼儀もない。
本来顔を見て、ちゃんと話すべき内容を、前置きなしに送って、相手がどう思うか考えない。
もともとメールは、気持ちを正確に伝えるには、大変不完全なものである。
不完全なものに不完全な返事を送って、本当の人間関係が成り立つわけはない。
相手のメールを削除もせずに、そのまま表示して返事をよこす。
ひどい人は、件名と関係ない分まで、貼り付けたままになっている。
「返信」とキイを押せば、返信モードになるので、削除の手間を惜しむのである。
こんな失礼なことは、手紙ならしないだろう。
感情的なことは、メールでは解決出来ないことが多い。
顔を見て言えないようなことを、メールなら言えると思うのは、間違いである。
ネット用のメールは、知らない人に、礼儀正しく、用件だけ伝える点で、重宝している。
ホームページは、顔の知らない人に向かって発信するのだから、メールをうまく使えば便利だし、画面で伝わりにくい情報を、補うことが出来る。
バーチャルな世界と現実とが混同して、見境が付かなくなった時、人を見誤り、錯覚の上に作り上げた幻想と実像との差異に苦しむことになる。
メールを始めた頃、連れ合いが言った。
「メールは人と仲良くするための道具、これでケンカをしてはいけません」。
今更ながら、この言葉を噛みしめている。

拝啓も敬具もなしのEメール機械のごとき言葉並べて



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