沢の螢

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ベスはなぜ死んだか
2003年07月02日(水)

少女の頃、何度となく読み返したのが、ルイザ・メイ・オルコットのリトル・ウイメン「若草物語」である。
もうひとつは「モンテクリスト伯」だが、対照的なこの本については、別の機会に取り上げる。

最近私は、興味深い本を読んだ。
ロイス・キース「クララは歩かなくてはいけないの?」という本、(少女小説に見る死と傷害と治療)という副題が付いている。
作者は、欧米で、昔から子どものために「よい本」といわれているものを読んで育ち、その中で少年向きの本と、少女向きの本とのちがいを感じながらも、現実とは違った世界を愉しんでいた。
「ジェイン・エア」「ハイジ」「秘密の花園」「ポリアンナ」、そして「若草物語」もある。
これらの物語は、私も少女時代、面白く読んだものである。
ことに若草物語は、映画化されて、4人の少女を演じた女優達が、みな素晴らしかったこともあり、すっかり夢中になってしまった。
映像で見るアメリカの家庭生活、家具や調度品、少女達の長いスカート、決してハイクラスの人たちをモデルにしたのでないとはいえ、敗戦の色濃く残る昭和25年前後の、日本の子どもの目には、豊かな夢の生活に思えたのであった。
寿岳しづ訳の岩波文庫、「4人の少女」と名付けられた原作を読み、ジョーを演じたジューン・アリスン、エイミ役の美少女エリザベス・テイラー、ベスを演じて、日本にも来たマーガレット・オブライエン、彼女たちの顔や姿が、活字の上を生き生きと動き出すのであった。
健全なアメリカ市民のモデルのような話は、成長期にあった私の興味を、いやが上にも引き立てた。

しかし、ロイス・キースは、「クララは歩かなくてはいけないの?」の中で、面白い理論を展開している。
作者は子どもの母となってのち、交通事故に遭って車椅子を使うようになり、娘達と共にこれらの本を読み返した時、別の見方をするようになったという。
それは、1850年以降の少女小説には、必ず次のような人物が登場するというのである。
なにかの事故か、名前のわからない病気によって麻痺になり、その麻痺が確実に治癒するという登場人物。
そのような境遇を背負った子どもが、物語の中でどのように扱われているか、ごく最近まで、作者の描き方は、主に二つの方法で為されていたという。
そのような人物が自分の道徳的欠点を直すことによって突然歩けるようになる。
あるいは、病弱であり、障害を持ちつつ、現実にはいないような素晴らしく気高い精神を持った少女の、早すぎる死である。
時代背景としては、当時、症例の多かった小児麻痺があり、それによる子どもの死亡率は高かったらしい。
当時の医学では治療の見込みのないことに対して、なぜ物語の中でそれが可能なのか。
作者は、そこに、「いい子になれば治るのよ」と子どもに教訓を与える、物語の作者の意図があることを指摘している。
もうひとつは、身体に障害があったり病弱であったりする子どもの、他の人たちへの影響についてである。
「若草物語」の中で、他の3人の姉妹と違って、最も心根の優しい、清らかな魂を持ったベスが、よくわからない病で死ぬ。
そのことで、ベスを心のよりどころにしていた男勝りのジョーが、大変ショックを受け、「期待される少女」像に少し近づく。
創造力に溢れ、バイタリティに富んだジョーの姿はもはやない。
ベスの死によって、彼女は、家族への愛に生きる女に変質する。
当時、健全な家庭の少女達が受けた教育のように。
そのために、ベスの死が必要だったのだ。
童話に登場する魔法使いのおばあさんが、なぜ揃って、背中が曲がっているのか、悪者はなぜみな醜い姿をしているのか。
何げなく読んでいた懐かしい物語を、別の視点から見ると、今まで見えなかったものが見えてくる。
なかなか刺激的な本だった。



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