沢の螢

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文月
2003年07月01日(火)

きょうから今年も後半にはいる。
7月、文月とも言う。。
風待月、蝉羽月というのは旧暦の水無月の別称らしいが、このへんは歳時記でも、晩夏として一緒になっている。
私の誕生月でもあるのだが、本当は、4月に生まれたらしい。
昔はよくあったことらしいが、役所に届けるのが遅れたそうな。
はじめて生まれた子なのに・・と思うが、当時は珍しいことではなかったらしい。
お産の日、母はひどい難産で、一度は母親の命と引き替えに私は、この世には生まれてこない筈だったという。
「それなのにお父さんたら、お花見に行って、酔っぱらって全然いなかったのよ」と母が、話してくれた。
母を病院に連れて行き、お産が済むまで待機してくれたのは、父の義兄であった。
この話で、私が花見時に生まれたことはわかる。
だから子どもの時の誕生祝いは、いつも4月だった。
いつからか戸籍上の7月に直されたが、多分、戸籍謄本などが必要になる時があって、その機会に直したのであろう。
もうずっと7月を誕生月として過ごしているので、私にとっては、こちらが本当である。
結婚して、私の実家で古いアルバムを見た夫が、「きみ、確か7月生の筈だよね。どうして、5月の写真があるの」と訊いた。
母に抱かれて写った写真の下に、日付が書いてあったのである。
両親も、私も、何度も見ている写真でありながら、不思議に思わなかったのであった。
他人の目で見た夫だから、そんなところに目を止めたのであろう。
それから夫は、時々私をからかって「君は、年齢詐称だぞ」といった。
この頃そんなことも言わなくなったのは、すでに夫婦としての時間が、娘時代を大きく上回り、今更、3ヶ月くらいの誤差など、誤差のうちに入らないくらい、人生を過ごしてきたと言うことであろう。
たまに「私、ホントは4月生なのよ」と言ってみると、「きみは7月だよ。今更直したってダメだよ」と、夫のほうが言う。
だから私は、7月生、誕生花は百合、誕生石はルビーである。
それが私の人格の一部になっている。



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