きょうから今年も後半にはいる。 7月、文月とも言う。。 風待月、蝉羽月というのは旧暦の水無月の別称らしいが、このへんは歳時記でも、晩夏として一緒になっている。 私の誕生月でもあるのだが、本当は、4月に生まれたらしい。 昔はよくあったことらしいが、役所に届けるのが遅れたそうな。 はじめて生まれた子なのに・・と思うが、当時は珍しいことではなかったらしい。 お産の日、母はひどい難産で、一度は母親の命と引き替えに私は、この世には生まれてこない筈だったという。 「それなのにお父さんたら、お花見に行って、酔っぱらって全然いなかったのよ」と母が、話してくれた。 母を病院に連れて行き、お産が済むまで待機してくれたのは、父の義兄であった。 この話で、私が花見時に生まれたことはわかる。 だから子どもの時の誕生祝いは、いつも4月だった。 いつからか戸籍上の7月に直されたが、多分、戸籍謄本などが必要になる時があって、その機会に直したのであろう。 もうずっと7月を誕生月として過ごしているので、私にとっては、こちらが本当である。 結婚して、私の実家で古いアルバムを見た夫が、「きみ、確か7月生の筈だよね。どうして、5月の写真があるの」と訊いた。 母に抱かれて写った写真の下に、日付が書いてあったのである。 両親も、私も、何度も見ている写真でありながら、不思議に思わなかったのであった。 他人の目で見た夫だから、そんなところに目を止めたのであろう。 それから夫は、時々私をからかって「君は、年齢詐称だぞ」といった。 この頃そんなことも言わなくなったのは、すでに夫婦としての時間が、娘時代を大きく上回り、今更、3ヶ月くらいの誤差など、誤差のうちに入らないくらい、人生を過ごしてきたと言うことであろう。 たまに「私、ホントは4月生なのよ」と言ってみると、「きみは7月だよ。今更直したってダメだよ」と、夫のほうが言う。 だから私は、7月生、誕生花は百合、誕生石はルビーである。 それが私の人格の一部になっている。
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