沢の螢

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日のうつろい
2003年03月27日(木)

少し風はあるが、暖かい一日だった。
郊外の植物園内で、恒例の集まりがあった。
年に一回、花見時に開かれる。
私の家から近いところなので、早めに着いた。
主催者の人が、会場作りを手伝って欲しいというので、そこに居合わせた5人ほどで、先に会場に行った。
開会には、1時間以上ある。
人数分のテーブル、椅子を並べ、弁当や菓子を配り、魔法瓶にお湯を入れたりの支度もして、私は、受付を引き受けることになった。
来た人から会費を集め、座席表を渡す。
そこに、思いがけない人が現れた。
昨年7月以来、交流が途絶えてしまったS氏であった。
彼は、会場に入ったとたん、受付にいる私と、真正面から出会わせることになり、何とも言えない顔をした。
予期してなかったところに、私がいたという感じであった。
「お久しぶりです」と私は言ったが、返事はなかった。
それは、返事をしたくないからと言うよりも、咄嗟のことでことばが出なかったと言った方がいいかも知れない。
このところ、連日イラク攻撃反対のデモや活動に身を投じているらしいと、人づてに聞いていたが、そのためなのか、表情には、疲労の色が濃く表れていた。
「会費を頂けますか」と私は言い、2000円をもらって、引き替えに座席表を渡した。
「どこかなあ」と言いながら、彼は、自分の席を探すべく、離れていった。
この会には、彼も、ずっとメンバーとして参加してきたのである。
でも、今日は欠席するらしいと、昨日ある人から聞いていたので、私にとっても突然のことだった。
私が主催者から預かった出席者名簿には、彼の名が、入っていたが、後から変更したのだろうと思い、その理由を忖度することもせず、受付を手伝っていたのだった。
8ヶ月ぶりの、顔合わせだった。
あることで、訣別して以来、私は、こんな場面を想像してみたことがある。
想像するだけで、私の胸に、じわっと悲しみが押し寄せて、涙が溢れてくることがあった。
その時には、どんなことばが出てくるだろう、そして彼は、どんな顔をするのだろう・・。
でも、月日が経つにつれ、そうした思い入れのようなものは、どこかに沈潜してしまったらしく、予期しないときに迎えた「邂逅」の場面は、実に事務的かつ、感情のこもらないものだった。
やがて時間が経ち、それぞれの席でのプログラムが始まった。
彼の席は、偶然私と背中合わせの、隣の席だった。
背中越しに、時々聞こえてくる彼の声に、耳をそばだてるでもなく、私は自分の席の連句に集中し、うまく雰囲気をつかんで、ひとより多くの句を採ってもらうことが出来た。
後ろを向けば、すぐ小声で話が出来るところに彼がいる。
しかし、どちらからも、互いに顔を向けることも、話しかけることもなく、時間が流れた。
30人以上の人たちが集まっての会は、話し声が絶え間なく聞こえ、華やいだ雰囲気に包まれていた。
しかし、その合間に、彼のことばが、ふっと耳に入ってくることがあった。
控えめではあったが、席にいるメンバーに、戦争の悲惨さを訴えているのだった。
その席での様子はどうだったのか、知る由もないが、終わると彼は、周囲の誘いを断って、すぐに帰っていった。
私は、いつもの仲間と一緒に、近くのそば屋に入り、1時間ばかり談笑して店を出た。
日が長くなり、6時近くになっていたが、まだ明るかった。
園内の桜は、まだうっすらとピンク色に染まるくらいで、昨年より開花が遅れていた。
2年ほど前、この会で、違う席にいた彼が、先に予定が済み、私のほうが終わるのを、それとなく待っていたことがあった。
出口まで一緒に歩いているとき、私は誰かから、そば屋に誘われた。
「行きますか」と彼に言うと、「イヤ、私は飲まないから」と言って、そのままバス停に歩いていった。
酒を飲まない彼は、そうしたつきあいは、あまり好まないようであった。
話したいことがあり、コーヒーにでも誘えばよかったなと思いながら、私はそのまま、誘われたそば屋に、みんなと行ったのである。
その前後の半年ばかりの彼とのつきあいが、私にとっては、最も充実して、愉しいときだった。
文芸に造詣が深く、詩的感性のすぐれた彼から、私は、それまでにない、さまざまなことを教えてもらった。
ひとつの開眼と言っていいかも知れない。
それが、望まぬ形で、断ち切られたのだった。
バスに揺られながら、去る者は日々に疎しというのは、本当だなあと思った。
一時は、心の中にいつも深く位置を占めていたひとが、時の流れと共に、紙のような存在になっていたのだった。
彼のことば、彼の心の有り様を、いつも気にしていた私の心は、別離の悲しみを和らげるために、押し込められ、石のようになってしまったらしい。
これでいいのだ、それを乗り越えたところに、いまの私の詩心があるのだと、自分に言い聞かせながら、八ヶ月という時間の流れを思ったのだった。



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