沢の螢

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ノンポリ
2003年03月25日(火)

私はいわゆる活動家ではない。
若いときは、ハシカのように、左翼思想に走ったり、学生運動に明け暮れたりする人の多い中で、私はどちらかというと、無関心だった。
大学に入ってすぐ、原水爆禁止のデモに行ったことがあるが、上級生の強引な指図ぶりに嫌気がさして、すぐやめた。
女子大では、あまり過激な人はいなかったのだが、ほかの大学から、男子学生がやってきて、運動に勧誘するのである。
その手下のようになって、私たち新入生を、あごで使おうというところが、カチンと来たからである。
左翼社会では、思想と別に、結構な男女差別があって、女は人間と見なされず、もっぱら男どもの走り使いや、彼らの汚れ物の洗濯、炊事に使われたりする例も聞いた。
プロレタリア文学の中にも、そうした描写が出てくる。
私は、普通のサラリーマンの娘で過ごしてきて、生活の中に、左翼の匂いはなく、必然性も感じていなかった。
ただ、何でも見てみたい若さの好奇心のひとつに、高校生までは、禁止されていた、社会活動、その一つとしてのデモがあったのである。
典型的ノンポリ学生の私だったが、安保闘争が起こり、樺美智子さんがでデモの中で命を落としたときは、さすがに黙っていられなくなり、級友たちと、国会前に座り込んだ。
このときの一連の体験は、私の心に深く刻まれている。

今度のイラクに対する米英の攻撃、日本の若い人たちは、どう思っているのか気になる。
関連サイトを見ると、若い人たちが、戦争反対デモに多く参加し、真面目に考えている人が、多いのに、感心し、少しホッとする。
戦後の長い平和と、物質的豊かさの中で、いまの学生たちは、何を考えているのだろうと、時に、疑問がわいてくるような空気を感じていたからである。
捨てたもんじゃないなあと思う。
私たちの若い頃はこうだったなんていってみても始まらない。
どんなに悪い平和でも、偽りの平安であっても、戦争よりはましだといった人がいて、私もそう思う。
戦争は、破壊、憎しみ、悲惨さを生み出すだけで、何も残らない。
だから、ノンポリ主婦の私も、自分のサイトでは、戦争に反対する考えを表明しているのである。
連れ合いは、アメリカが戦争に至ったのは、仕方がないと言う。
理屈はともかく、戦争はイヤだという私と、意見を異にする。
テレビでは、捕虜になったアメリカ兵の不安そうな表情を映し出していた。
攻撃によって死んだイラクの人たちも、命令によって、戦いに赴いた兵隊も、決して心から望んでいない場面に立っているのである。
早く、戦争が終わって欲しい。
それを願うことしかできない。

私の持っている掲示板で、考えを表明し、サイトのトップでも、戦争反対の意思表示をしているが、そのせいかどうか、掲示板の書き込みもなくなってしまった。
人さまざま。それもやむなきことである。
サイトは、私自身のためにあるのだから。



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