ホームページを立ち上げて七月まで、別のサーバーで、公開していた。 私は、実生活の自分と、ネット上の自分とは、区別したかったので、はじめは知っている人には、ホームページの存在を、知らせなかった。 信頼しているたった一人の人だけに、アドレスを知らせ、口外しないという約束を守ってくれた。 私は、銀行の貸金庫と同じに考え、自分の書いたものをしまっておく場所として、ホームページがあればいいと言うほどの気持ちだった。 だから検索エンジンにも登録せず、よそのサイトに宣伝めいた書き込みもせず、リンクもせず、ただ、毎日少しずつコンテンツを増やし、ソフトを使って、模様替えを愉しみ、それで、満足していたのである。 しかし、連句のボードを持って、それに参加してくれたメンバーには、出来上がった作品を載せる関係で、ホームページの存在を教えることになった。 みな、礼儀正しく、口の堅い人たちなので、私の意図を理解して、黙って見てくれて、実生活の場でも、話題にすることはなかった。 連句の付け合いが軌道に乗ってくるにつれ、私は、やはり関心のある人には、ネット連句の臨場感ある付け合いを見てもらいたいと思うようになった。 そこで、七月に、連句部門だけを全体から切り離し、そこだけ独立して見られるように設定したのである。 ドキュメントのアドレスを別にして、直接入れるようにし、そこから、ほかのところには、行けないようにした。 そうすれば、知っている人に、私の日記やエッセイなど、見られることはない。 独立したその部分だけ、私の入っているサークルのホームページに、リンクしてもらおうとした。 ところが、サークルのホームページの担当女性に、拒否されたのである。 「内容が個人的なものだから」というのが、理由だった。 でも、サークルのホームページには、いくつかのサイトがリンクされている。 内容はみな違うが、それらと比べて、私のページが、否定されなければならぬ要素は、何もないように思えた。 サークル会員として、「政治、宗教を持ち込まない」という規約にも違反してないし、いかがわしい記事があるわけで無し、営業的な使い方はしてないし、個人的といえばそれに違いないが、それならほかのリンクサイトも似たようなものだ。 要するに、彼女は、どういうわけか、私のホームページだけ、リンクさせたくなかったのである。 言ってみれば「有害図書」と決めつけられたようなものだが、いっぱしの物書き気分に浸っていた私としては、勲章みたいなもので、このサイトが、それ程存在感があったのかと、誇りたい気分だった。 私は、彼女に、ホームページのアドレスを教えたことはなかったが、どこから聞いたのか、いつの間にか、知っていて、覗いていたことになる。 拒否するようなものを、黙ってみていたのかと思ったら、私は、実に不快な気分になり、それだけで、サイトを閉じてしまいたくなった。 でも、それもおかしいので、たまたま持っていた別のサーバーに、少しずつファイルを移し、しばらく二本立てにしていた。 きょう、すべてのファイルを移し終えたので、古いホームページを休止することにし、挨拶文とともに、表示した。 連句の参加者には、別立てにした連句部門だけ、残してある。 ネット上でのみ知り得た訪問者には、新しいアドレスを案内し、顔見知りの人は、「休止」になっているアドレスしか知らないことになる。 それでいいのだ。 ネットの中では、私は、そこに表示されている名前でのみ、存在する。 それを、かたくなに守っていくつもりである。
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