不思議っ茶の日記
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| 2006年08月01日(火) |
小さな後悔、大きな成果 |
人生、遅きに失したなんてことは、小説以外ありえない。 気がついたときが「時」である。
たとえば、子育て。
しまった!!もうすこし、かまってやるんだった!!!
と、思ったら、子供は半分以上自立してる年頃だったとしても、 説教がましくなければ、話ぐらいは、聞いてくれるような期待はある。
しまったもう少し、勉強できるように、賢く対策を講じていたら、 ・・・、後悔先に立たずである。 でも、多少の修正は、きくような気がする。
わが、娘。 もう大学生になった。
速いな〜〜〜〜さっきまで、小学生だったのにと、よく思う。
勉強が、できないと思ったことはなかった。 多少、人より、にぶいかも、と思ったことはあった。
が、小学校4年生で、家庭教師を雇った。
わたしでも教えられるが、あまりのにぶさに、つい手がでてしまうのだ。 平和でありたい親子関係上、これは不都合であると判断した。 どんな理由があるにせよ、暴力はいけない。
しかし、もろくも壊れる私の忍耐力では、むすめに勉強を教えることはかなり難しい。
だったら他人に委ねよう!!これは仕方がないことだ、と判断した。
もし、過去を修正できるものなら、この時点を修正したい。
家庭教師なんて雇うんじゃなかった!!
彼らに私ほど子供への愛情なんてない。あたりまえだ。お金さえ手に入ればいいのだ。
だが、わたしは、むすめには、学習で人に後れを取る情けなさを取り払って、人よりできる充実感を持って欲しかった。
だからといって私が教えるわけにはいかなかった。
ってことは・・・・・・あの時点で、補習中心、個別でもいい、塾にいれていればよかったと後悔している。
しかし、それで今以上に彼女の人生がハイレベルなものになったかというと あながち、なんともいえない。
ただ、家庭教師ではダメだったとしかいえない。(金返せ〜〜〜〜〜!!!)
わたしに勉強を云々されると、恐いと思った娘は中学に入っても、勉強を教えてとは、いってくれなかった。
息子は、小学校も中学も、聞いてくれたのに。(そのたびに冷や汗もので教えたけど)
大学受験のときになってやっと、教えてというようになった。
私が、変わったのか、それとも、むすめが変わったのか。
もちろん、声を荒げることはあったとしても、娘をたたくことはなかった。 以前の経験が私を学習させていた。
やがて、大学入学。
めでたしめでたし・・・・・・のはずが・・・・・・・・
「英語わからない〜〜〜〜〜〜」
・・・・・・うそ・・・・・・・これ、高校一年レベルの英語ヤン・・・
教えるとまた、手がでるかもしれないと、自分を認識している私は、 英語の翻訳ソフトの使い方を教えた。
・・・・爆!!
そのつどそのつど、試行錯誤の子育てであった。育てる私も未熟者である。
純粋に、まっすぐに、親を慕って、ついて来る子供にどれほど、教えられたか、諭されたか、わからない。
今となっては、ほんの昔の事である。 ・・・懐かしい、すこし昔のことである。
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