a Day in Our Life


2007年07月06日(金) BOYS考。


 飲もう、と言ったのは中田だった。

 本来、自分たちにはまだ、飲酒の権利が与えられていないのだけれど。ささやかながらも社会に出ている以上、大人の言う「今夜は飲みたい」気持ちが分かる時がある。実際、言った中田はまさにそういう顔をしていたから、細かい苦言を言うことはせず、黙って付き合う事にした。
 とはいえ、もちろん外で飲むのは自粛して自宅、しかも缶ビール一本でもう顔を赤くしている状態である。
 「俺はさぁ、」
 やや呂律を怪しくしながら、中田がぷはぁと息を巻く。そうするとほのかにアルコール臭がして、そんなに飲ませたかな、と濱田は自分もほんのり酔った頭の片隅でちらりと考えた。
 「上昇志向があるほうやと思うねんけど。望むからには努力をしてるつもりやねん。でも人間、努力だけじゃどうにもならんねんな、って思う事がある」
 しかも最近、それが顕著だ、と。言い募る中田の表情は真剣で、つい肩にでも手をかけたくなる。たぶん自分は中田に甘いのだと思うけれど、それが彼の為であるのかどうかは、濱田自身には分からなかった。
 「そうかなぁ?大智はようやってる思うで」
 「おまえに言われたないわ」
 瞬間、顔を顰めた中田に山碕がのほほんと笑いかける。さすがに年齢を考えて帰らせようとしたのに、何故か山碕は今、ここにいて一緒に語り合っている。逆に室龍太は兄である龍規が強制的に連れ帰った為、ここにはいない。
 ”BOYS”初めてのグループ会議。
 そもそもそういう意図があった訳ではない。けれど実際に今、そんな空気になっているのは、一重に中田の想いだったに違いない。良くも悪くも自分達は中田に巻き込まれる事が多い。「達」でなければ、少なくとも濱田はそうだった。
 しかめっ面をした中田に凄まれても、まるで動じる事なく、山碕は声を立てて笑う。つい最近、近しい先輩にその笑い方を窘められたばかりだと言うのに、山碕自身は気にしているのか、いないのか。
 それすらが中田にとっては、羨ましかっただなんて、言うのは嫌だった。
 「濱ちゃんは人間が良いし、努力と質が比例してると思う。まだ実力が伴ってへんのやったらそれは努力が足らんだけやし、それ以上にとにかく持って生まれた人がええねん。逆にそれは努力ではどうにもならんもんやから、スゴいと思う」
 気がつけばいつも傍にいる濱田は、中田にとって一番近いライバルとも言えた。けれど実際にそうと感じさせないのは、ひとえに濱田のキャラクターであり、優しさであると中田は思う。嬉しいけれど、少し悔しい。それでいて満ちたりるような、不思議な気持ち。
 「そら濱ちゃんは大人やもん。BOYSの最年長やねんから」
 どう答えたものか黙りこんだ濱田をよそに、簡単に相槌を打ったのはまた山碕だった。年上だから、の一言でそれら一切合切を片付けられるのは山碕の若さであり、強みなのかも知れない。
 「薫太はもっとタチ悪いわ」
 「え、俺?」
 きょとん、と人差し指を指した山碕をじっと見つめる。最近また背が伸びて、だんだん年齢不詳になってきた。変化しつつある外見に比べて、中身はまだまだ子供じみていて。でもたまにギョッとするほど大人びた事を言う。その、ギャップなのだろうか。正直、山碕の事はまだよく分からない。大器なのかも知れないし、ただの馬鹿かも知れない。
 「のほほんとしているようで、実はサラーと何でもやってまう」
 「ツメは甘いけどね」
 そう、出来そうな事を最後の最後で台無しにしてしまったりするのだ。完成間近のドミノを最後のコマで倒してしまうように。それなのに、今までの努力をよそに、無邪気に笑うのだ。その屈託のなさを羨ましい、と思う。
 「俺にはまだ何もない…と、思う」
 ”まだ””と思う”と言い置いたところが中田らしいと言えたけれど。今現在、何も持たない自分に、中田は自信を失くしているらしい。
 昨今、自分達の置かれる状況がゆっくりではあるけれど確実に動き始めて、その流れに乗って、ふと自分自身を振り返ったのかも知れない。いまだ慣れないマイクを扱いかねて、何度も反省をしているのだろう。
 「そうかな、大智は大智やん」
 上手く笑えただろうか、と濱田は思った。
 中田の気持ちは分かる。グループに於いて、本来自分がもっと考えなければならないであろうそんな細かい不安材料を、中田は自らに抱えているらしかった。濱田だってこれでも考えないではない。けれど中田はよりストイックに、自分を追い詰めがちだったから。
 そもそも、そうやって中田が先に立って、自分達を引っ張っていくのが最近の常だった。自然、そんな形が出来て、気がつけば中田に巻き込まれる。それを頼もしいと思いこそすれ、迷惑だなんて、そんな。
 「もっと巻き込んでくれたらええねん」
 「巻き込む?」
 不意をつかれたのか、中田が目を丸くする。そうすると年相応に見えて、珍しくかわいいと濱田は思った。
 「うん、そうやってええことも悪いこともいっぱい考えるのが大智のええとこや思うし。実際、頼りにもしてるねん」
 俺のが年上やけどな、と濱田はまた笑う。その穏やかな笑い顔につられて、思わず中田もつい、笑みを浮かべた。
 「大智のやる気で俺らを引っ張ってくれたらええと思うよ」
 「そう、俺もそれが言いたかってん!さすが濱ちゃんや!」
 濱田の言葉に被せるようにして、山碕の大きな声が重なる。珍しく年上らしい、良い事を言ったのに台無しだ、と濱田は内心思ったけれど、それでも中田が嬉しそうな顔をしたので、咎める事はしなかった。
 きみが、笑うなら。
 正直、それだけではないけれど。それでも大きな要因として、濱田は頑張れると思う。良くも悪くも計算高くて、ムラも波もあるけれど。その向上心で周りを巻き込むやり方は、期せずして彼の大好きな先輩にとても似ていた。
 好きな人と似ているという事は、果たして嬉しいだけなのだろうか。
 濱田には分からなかったから、今ここでそう言ってやる事は止めた。
 ふと見るととりあえずは復活したらしい中田が、山碕をからかって遊んでいて、そんな二人がとても楽しそうだったから。
 BOYSはもっといいグループになれる、と濱田は思った。

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