a Day in Our Life
ふわり、と薔薇の香りがした。
およそその人のキャラクターには似つかわしくない、むせ返るような妖艶な。けれど錦戸にとってはこれほど彼に似合いの香りがあるだろうか、と思った。 「村上くん、香水変えたんや」 「お?亮はやっぱり鼻が利くなぁ。そやねん、最近薔薇の香りに凝ってる言うたら知り合いの人が薦めてくれはってな」 「でもこれ、女性用でしょ?」 聞けば短く数回、瞬きをした村上が、よぅそこまで分かるなぁ、と呆れたような表情を作る。それともそう思えるほど香りがきつすぎたのかと気にする村上は、豪傑なのだか小心なのだか分かりにくい。恐らくはそれが彼にとっての常識であり、マナーなのだろうけど。 「違うよ、なんとなく。勘で」 だからあっさりそう言ってやると少し安心した顔になる。 女性用のその香りはしかし、嫌味ない控えめな匂いを放っていたから、こんな風に締め切った室内で近づいて嗅ぐ事がなければ、他人に対して嫌味には当たらないと思えた。そこは村上の事だから、量もきちんと調節して、むやみやたらにその豊満な香りを振り撒いたりはしない。 自己主張は強いけれど、押し付けがましい訳でもない。それは村上の印象そのままで、そこが嫌なのだとも、錦戸は思う。 「知ってた?俺も最近、薔薇は気に入ってるねんで」 もともと薔薇という花も香りも嫌いではなかった。錦戸の好きな女性のタイプに薔薇は割りと近かったからかも知れない。色気は必要不可欠、美しいのもいい。残念ながら家庭的なイメージはないけれど、この季節、一般家庭の庭先に咲いているのを見かけることも多いから、庶民的であるとこじつけてみてもいい。 姿は艶やか、香りは妖しげ。 他人を巻き込んで惑わすようなやり方は、村上にも少し似ていた。だから薔薇の香りに包まれると、まるで自慰行為をしているような気にもなって、そう考える自分はどれほどマゾヒスティックで、イカレているんだろうと錦戸は思える。 「ねぇ。その香水、俺にもちょうだい」 年下の顔をしてそう強請ってみたら、えぇ?と言った村上は、それでも人のいい顔で、 「それはええけど、同じグループで同じ香水つけてるって言うのも変やない?」 と至極まともな事を言ったから、錦戸は、にやりと笑ってみせた。 「逆に、利用すればええねん。同じ香水つけてたら、浮気してもバレへんやろ」 横山くんに、と囁く声を吹きかけると、逡巡したのは僅か一瞬で、瞬間的に損得を計算したらしい村上が、錦戸以上に悪い笑みを浮かべる。 「亮はホンマにずる賢いな」
近づいてくる村上から、先ほどよりもっと強烈な、薔薇の香りがした。
***** 薔薇の香りのする雛ちゃんてどうなんでしょう?
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