a Day in Our Life


2006年05月22日(月) 倉雛と安雛。


 前を歩く村上くんがふと立ち止まって、振り返る。そのまま大きな手の平が伸びてきた。

 反射的にその手を取る。村上くんは俺よりちっちゃいのに(体はゴツイけど)大きくて固い手の平が、包み込むように俺の手を繋いだ。繋ぐっていうよりは握るような感覚で、体温そのままにあったかい村上くんの手を握り込む。
 特別、村上くんが早足なんではなくて、あぁ置いて行かれるなぁ、追いつかななぁ、と思っていた。だからそんなタイミングで振り向いて、手を指し伸ばして来た村上くんはエスパーなんじゃないかと思う。不思議と手を繋いでからは歩幅は一致して、急ぐことなく、緩めることもなく、安定したリズムで足を動かす。
 歩くことは特別好きな訳と違うかったけど、なんとなく楽しくなって、ベタやけどこのまま手を繋いでどこまでも歩いていけそうな気になった。最近人と手を繋ぐこともしなかったから、村上くんの手の平のさらさら乾いた感触が気持ちよくて、離すのが勿体ないと思える。
 だから、思いついた。
 「なぁ、ヒナちゃん」
 僅かに首を傾けた視界の下、目線だけを向けて話し掛けると、こちらも前を向いたままで上目遣いで見上げてくる村上くんと目が合った。
 「このままデートせぇへん?」
 手を繋いだまま、恋人のようにこのまま歩こうよ。
 と言ったら、ちょっと微笑んだ村上くんが「ええよ」と言ってくれた。






***




 「ヤス。暇やぁ」

 本当に暇そうに首の辺りをぼりぼり掻きながらそう言った村上くんは、言いながら俺の所に寄って来た。
 「なに、村上くん。寂しいんですか?」
 その姿がちょっとした小動物(犬とか)のようで(や村上くんは実際そない小さくはないねんけど)愛敬のある目がじっ、と俺を見るから思わず本音で聞いてしまう。そうしたら案の定、
 「寂しいなんて言うてへん。俺は暇や、言うたんや」
 大真面目に訂正を入れられて、素直やないなぁ、と思った言葉は今度は内心に留める。こんな時、暇や暇やと大騒ぎする村上くんは、実際まぁ暇なんやろうけど、それ以上に人寂しかったりしているんやろうなって事を俺は知ってる。そやけど相手が俺やからなのか、そのまんま「寂しい」とは言えへん村上くんは、それを隠すように暇なのだと胸を張る。「構ってくれ」イコール「寂しい」って言ってるようなもんなんやけど、そう言われへんのは年上のプライドなのかも知れない。
 「なぁヤスぅ。俺、暇やねんて」
 だいたい、普段は安田って俺が嫌がる名字呼び捨てやのに、こんな時だけ「ヤスぅ」とか言うて、ちょっと甘えた声になって。くるくると大きな黒目がちょっと湿って(いや人間やねんから潤んで、言うた方がええんか)またじっ、と俺を見上げ…るって言うか、俺のが背が低いのに何でか上目遣いやし。絶対この人、今自分が他人からどう見えてるか知っててやってるんやろなぁ。
 俺からしてみたら、横山くんより村上くんの方がよっぽどジャイアンみたいやと思う。そしたら俺はジャイアンが大好きなスネ夫かも。
 「寂しいんやったら、遊んであげますよ」
 「やからぁ、寂しいんやなくて、ひ・ま・な・の」
 「やから、寂しいんでしょ?」
 「ちがうー言うとるやろぉー」
 「わかりました、ヒナちゃん」
 そんな会話も楽しかったけど、このまま続けて本気でキレられたら困るし、懐柔策を取ることにする。
 「章大、て呼んでくれたら構ってあげます」
 やって、今やったらそう呼んでくれそうな気がしたんやもん。
 言われてぱちん、と一回瞬きをした村上くんは、瞬間的に八重歯を見せて笑った。あんまり鮮やかでちょっと惚けてしまったら、肝心の言葉を聞き逃した。
 「しょーた、暇ー」
 「ちょ待って、もう一回」 慌てて泣きの一回を入れるけれど、
 「もう言うたもん!約束どおりはよ構えや!」
 半ば脅迫的に迫られて、それはそれでまぁ、悪くないかとつい笑顔になってしまった。



*****
FTON名古屋感想的倉雛と、歩誌萌え安雛。

過去 未来 目次 マイエンピツに追加