a Day in Our Life
「お兄ちゃん」
ふと、この場に聞き慣れない言葉を聞いた気がした横山は、とりあえず振り返ってみた。仕事場であるこの場所で、自分をそう呼ぶ弟たちはいない筈なのに、自分と全く血縁関係のない声の主は、穏やかに笑っていた。 「誰がお兄ちゃんやねん」 顔を顰めてそう言った横山に、えーやって、いつでも呼んでええ言うたやないですか、と大倉はのんびりと笑う。 「お兄ちゃん。俺今日、誕生日やねん」 「知っとるよ」 だから?くらいの気安さで横山は即答を返す。だから、やないでしょ、と苦笑い気味になった大倉は、大きな手のひらを横山に向けた。 「誕生日プレゼントちょーだい」 「その厚かましさは弟並みやな」 と、どちらが悪いのか、同じような苦笑いを浮かべた横山が尻ポケットから財布を取り出そうとするのを、あ、違う違う、お金やないねん、と大倉はあっさりと制する。 「あ、そう」 言われて素直に財布を直した横山は、当然の質問としてほな何が欲しいねん?と大倉に問う。それを待ってましたとばかりの大倉が、にんまりと満面の笑みを浮かべたのを見、若干の悪寒を感じた、その予感は正しかったに違いない。 「あんな、欲しいもんがあるねんけど、くれる?」 「そんなん、モノによるやろ」 まずは聞いてみな分からん、と慎重な姿勢を示した横山は、間違ってはいなかった。ちっ、と小さく舌打ちを鳴らした大倉が、じゃぁしょうがない、と手の内を明かして見せる。 「ヒナちゃんが欲しいねん」 「……」 「どう?くれる?」 子どものように目を輝かせた大倉を、見返す横山の眉間には大きな皺が寄って。果たして大倉は真剣なのか、からかわれているだけなのか、ここで気の利いた返しをしなければならないのか、リアルに返したら笑われるのではないのかと、大真面目に悩んだ。結果、 「…それは、ヒナに聞いてみな分からへん」 「ほな、村上くんがエエ言うたら貰ってええん?」 「……えぇ」 よ、まで言おうとした横山は、しかしふと、我に返る。村上に限ってまさかOKしたりはしないと思っていたら、案外あっさり大倉になびくことがないとも言い切れない。そこまで自分が愛されていないとは思わないが、いや待て、愛されてないかも、最近冷たいし、とか。そのエクステは似合わん言うてるのに気に入って取れへんし、とか。それでいてその暑苦しい姿がたまに、き、綺麗に見えるだとかそんな事。 「…横山くん?」 頭の中でぐるぐるしていた断片が、実際に口をついて出ていたらしい。(恋バカや)と、呆れたように横山を見た大倉は、やがて笑い顔になった。 「まぁ。それは、冗談ですけど」 言って肩を竦めて見せる。 「俺も横山くんに誕生日あげてへんし。貰たら返さなアカンしなぁ?村上くんの代わりにあげられるものも思いつかへんし」 やから一年後までに考えときますわ、とうっかり聞き逃せない事をサラリと言ったのだが、自分の内心に自分で照れるのに精一杯の横山には、あまり通じてなかったらしい。その姿がちょっと面白かったので、もう少し見たいなと思った大倉は、 「ほな、メシ奢って下さいよ」 そう言ってみると、お金がかかると思った横山はあからさまに嫌そうな顔になる。だから大倉はこうも言ってみた。 「大丈夫ですよ、横山くんの分は俺が奢りますから」 誕生日どうし、奢り合いっこしましょ。 「まぁ…それやったら」 ええけど、と不承不承の横山の背中を押してもう部屋を出る。今日は何を食べようかと考えながら、 「お腹減ったわ〜いっぱい食べよ」 呟いた大倉の言葉の意味とその恐怖に、横山はまだ、気付いていない。
***** 横&倉お誕生日おめでとう。
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