a Day in Our Life
2006年06月06日(火) |
Carnival.(丸雛) |
「好きやで」
唐突に投げられた台詞を上手く受け取れなかった丸山は、その言葉を聞き逃した。どちらかと言うと「そんな筈が無い」思い込みで耳に届いた声を理解出来なかったのだ。だから、 「え、信五さん。何て?」 体ごと振り返って村上を見た丸山は、もう一度確認をする。今、何か不思議な言葉を聞いた気がするんやけど、何を言うた? 「聞こえへんかったん?マルが好きやで、言うたんやけど」 ぼんやりと立ったままの丸山と反対に、しっかり地に足をつけてにそこに居る村上は、もう一度、同じ言葉を繰り返した。 「…好き?」 「ちゃんと言うたことなかった気がしたから」 おまえが好きやで、と言った村上の言葉を両手に抱えて、丸山はいまだぼんやりと立ち尽くす。「今更やけど、たぶん一度も言うたことなかったやろ」と笑う村上を前に、どうして今そんなことを言われるのか、まるで理解が出来ない。 広げた手のひらをじっと見ても、「好き」だと文字が書いている訳ではないし、大した重さもないそれを、けれど丸山は大事に持ったまま、どうしようと考える。 「マル、聞こえた?」 聞こえてへんのなら何度でも言うで、くらいの勢いで村上は何度でも確認をする。一つ一つが決して安くはない、それを何度も貰うのは勿体ないと思った。 「聞こえました」 言われてみれば出会って数年、蜜月も倦怠期もあったけれど、はっきり好きだと聞いたことはなかった気がする。一方通行ではないと思うけれど、そう言われる事はないのだろうという予感があったし、正直、丸山自身がそれを望んだ訳でもなかった。村上の事は好きだし、尊敬や敬愛を少しは超えているかも知れない。けれど実際に気持ちが報われたら、自分は100%の想いを返せるだろうかと思う。それは、村上が望むだけの、という意味で。 上手く言えないのだけれど、好きだから側にいるだけじゃない、様々な要素でもって、自分達は近くにいたような気がする。だから、村上がなぜ突然そう言い出したのか、丸山には分からなかった。 「だから、一回でじゅうぶんです」 きりりと唇を結んで、落ちてきた言葉に少しだけ目線を上げれば、きちんと背を伸ばした丸山と目が合った。仕事中ならまだしも、楽屋内で面と向き合って互いの顔を見るのは久し振りだった。よく「口さえ閉じれば男前」だと茶化して笑った丸山の顔を、村上は好きな方だと思う。仕事疲れか、横一線の一重になった瞼がやや重そうに落ちて、その何割かの視界でまっすぐに村上を見る。思わず笑い顔になったら、つられて丸山もふわりと微笑む。口角を上げて、柔らかい曲線と少し眠そうな目が、ひどく穏やかに、ひどく愛おしげに、笑いを象って村上を見つめるから。今、初めて気付いたような気がした。 むしろ、なぜ、今まで気付かなかったのだろうと思う。 そんなにも優しい笑い顔を、向けてくれていた事に。 癒される、というのはこんな感覚だろうかと村上は思った。嬉しくて余計に笑うと、追い掛けるように丸山がまた笑う。くしゃりと崩れた顔が無性に愛おしいと感じた。笑うと口元のほくろが嬉しげに揺れることにも、その時初めて気が付いた。それはひどく柔らかで、ひどく幸福な。 「俺な、思うねんけど」 それが変わらず側にある限り、おそらく村上は大丈夫なのだと思った。その存在を忘れない限り。 きっと今のこの気持ちを忘れない限り、自分は、ずっとずっと。
丸山の事がとても好きなのだろうと思った。
***** FTONツアー代々木感想的小話。
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