a Day in Our Life
「ヨコ」
不躾じゃない程度に覗き込んだ横山の目から、つるり、と涙が滑った。 「泣いとるの?」 そのままを聞いた村上の声に反応して、横山は僅かに顔を動かす。涙は流れたまま、横山の白い顎を伝ってぽたん、と一粒落ちた。 「泣いとる…んかな」 微妙な答え方をした横山の表情は静かで、無表情に近いそれから感情は読めなかった。だから村上は、重ねて問う。 「悲しいん?」 「…悲しい、んかな」 「寂しいん?」 「寂しいんかもな」 「悔しいん?」 「どうやろ、分からん」 村上の問いに一つ一つ首を傾けた横山は、結局のところ自分が何故泣いているのか分からないらしかった。けれど変わらず流れる涙は澄んで、横山の頬を濡らす。 横山の隣に腰を下ろした村上は、もう一度横山を覗き込むように顔を近づけて、言った。 「俺に何か出来ることはある?」 至近距離で目を合わせた横山の目は潤んで、その瞳に映る村上はぼやけて輪郭すら判りかねた。けれど横山の目には村上の瞳に映る自分が見えたらしい。その中の自分を探るように、じっと村上を見た横山は、また一筋、涙を流した。 「傍におって」 横山にしては珍しい一言を、その時は気にしようとも思わなかった。その言葉の意味するところを探して、村上は更に問う。 「傍におったらヨコは泣かへんの?」 「ヒナがおるから泣かんことはないけど、涙は止まると思う」 美しい横山が流す涙を、止めたいと思ったのか、それともただその様を見ていたいと思ったのか。考える間もなく村上の手が動く。僅かに空気一つ分、空けただけの横山の手を取って、指を滑らせた。 手を握ろう、と思ったことに意味はなかったに違いない。村上の表情もやはり変わることなく、横山に向けられていた目線は今、横山の指先に移っていた。指と指の間に入り込んでくる自分以外の体温。感じ慣れた村上の温度は、高くもなく低くもなく、すぐに横山の体温に溶けて馴染んでいく。指先を動かして骨と骨の間の肉を撫でれば、さらさらと乾いた感触が吸い付くように追いかけてくる。 繋いだ手を軽い力だけで動かす。素直に付いて来る村上の手を返して、その甲で涙を拭った。横山の涙が村上の乾いた手に滲んで、すぐに消えていく。残ったのは冷たい涙の質感、それは横山の流した、寡黙で透明な。 もう片方の涙も拭って、それで本当に横山の涙は止まったようだった。あとは僅かに濡れた睫毛が、その存在を示すのみ。 されるがままに黙って、村上は横山を見る。一つ瞬きをした横山の目に、村上が映っていた。 泣くことがないように傍にいる、だなんて調子のいい事は言わない。 だって互いの手の届かないところで、悲しければ涙は出るし、嬉しくても悔しくても泣くのだろう。だからせめて横山が泣く時は、傍にいてその涙を見たいと思うのだ。何も出来ないししないけれど、そうすることが許されるのならば。
だから村上は、横山がそう望むことが、とても嬉しいと思った。
***** 横雛には互いが泣く時に、側にいて欲しい。
|