a Day in Our Life


2005年12月04日(日) 冷たい手。(亮雛)


 「何、してるんですか?」

 暖かい室内に足を踏み入れた錦戸は、やや背を丸めて屈むような村上の後ろ姿に声を掛けた。
 「手が冷えるねん」
 素で年寄りくさい発言をした村上は、電気ストーブを前に手を翳す。そこだけ僅かに赤くなった指先は、確かに室内にいるというのに冷えて血色がないように見えた。冷え性というなら横山の専売特許で、村上にしては珍しかったけれど、今日は一際冷え込んだからかな、と錦戸は簡単に納得をする。
 「俺は心が寒いですよ」
 温めてくれます?と冗談めかしたものの、内心自分でも寒いと思った。言いながら近づいた村上はふと顔を上げて、
 「俺の手を温めてくれたらな」
 まるで普通に差し出された手を条件反射で握ってしまった。もう片方の手も添えて、両手で包み込むように触れた手は当人の言葉通り冷たくて、けれど錦戸の手もさほど温かくないことに気が付いた村上は、意外だという顔をした。
 「亮の手も冷たいやん」
 ほなアカンわ、とあっさり手を退いた村上は、それは外から戻って来たばかりなのだから当然かも知れない、と改めて考えた。別に本気で温めて貰いたかった訳でもないし、結局は元の電気ストーブに戻る。その背中に向かって「そんなん言われたら、ドキドキするやないですか」と小声でボヤいた錦戸の声は、聞こえない振りをしたけれど、目を合わそうとしなかった錦戸も、どこまで本気なのかは分からなかった。
 握ったり、伸ばしたり、ジャンケンでいうグーとパーを繰り返し、人工の温もりに晒しているうち、指先に徐々に血が廻って来た。そんな気がしただけかも知れないが、満足して独り占めをしていた電気ストーブから離れようとした時。
 背後で動く気配がした、と感じたのは気のせいではなかったらしい。回転イスの足をごつ、とぶつけながら錦戸が近付いた、と気付いた時にはもう手を取られていた。
 「何?」
 問うてはみたものの、答えは返らない予想はしていた。案の定、黙って村上の手を取った錦戸は、やはり黙ったまま先程と同じように、両の手でそれを包み込む。それが愛情なのか、優しさなのか、それとも違うものなのかはまるで理解らなかった。そういう意味では黙って自らの手を差し出した村上だって、随分と思わせぶりだったに違いない。大事そうに、錦戸の両手が自身の右手を包み込むのを黙って見ていた村上は、僅かに微笑んだ。
 「もう、温まったからええよ」
 強く退いた訳ではなかったのにあっさりとそれだけで、手は離れていく。

 その手の余韻が少しでも寂しいと思ったのは、果たしてどちらだっただろう。



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手が冷たい人は心があたたかいと言いますが。

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