a Day in Our Life
2005年10月30日(日) |
恋の導火線。(横雛昴) |
「昨日やぁ、最悪やってん」
ぶすーと膨れっ面を浮かべた渋谷が今また思い出したように更に頬を膨らませたのを見、安田は携帯電話から目を離して顔を上げた。 「何かあったんですか?」 朝は大抵機嫌の悪い渋谷ではあったけれど、それはじわじわと声を掛け辛い類いの不機嫌さであって、こんな風に爆発するような怒りは珍しかった。だから安田は携帯を閉じてテーブルに置くと、向こう側の渋谷に問い掛ける。 「何かあったもなにも、」 と、怒り顔のままで安田を見た渋谷は、誰かに話して聞かせたかったらしい。安田の問いかけに聞く?というように体を正面に持って来る。 「昨日なぁ。ヒナちゃんがバスボムいうのを貰ったー言うてな。知っとる?紫のでっかいの」 「あぁ、知ってますよ。丸いキューブのでしょ。あれけっこう高いんですよ」 腹が腹痛、並みの下手な日本語で相槌を打った安田には気がつかず、渋谷は続ける。 「へぇ、そうなんや?何や名前もついとったなぁ。恋にポジティブなあなたに!とかナントカそんなんや。まんまアイツにハマっとったわ。ほんで一緒に入っとったんやけど、」 「一緒に、ですか…」 安田自身は試したことはなかったけれど、女の子に人気のその入浴剤を店頭で見たことはあった。独特の強烈な香りに導かれて入った店内には、カラフルなバスボムが山盛りに詰まれて、まるでヨーロッパのデリカテッセンのようで、それぞれには女の子が喜びそうなかわいい名前がつけられていた。確か渋谷の言うそれは恋の導火線、という名前だったような、と考えた安田は、それよりも至ってサラリと言った渋谷の一言が気にかかった。曰くラッシュ風呂に「二人で」入った?…それはまるで、 「アワアワなってオモロイ言うてたら最後におみくじ出て来てな。恋のおみくじやねんて。それが何と!『お友達モード』って出よってん!ハート1つやで!ガッカリや!」 「はぁ…」 「俺はものごっつガッカリしたんやけど、ヒナちゃんはゲラゲラ笑ってるし!」と、聞かせるために話を始めたのにもはや安田の存在を忘れている渋谷へ、恋人同士のようで恋人同士ではない渋谷と村上的には「それ、間違ってませんやん」とは言えなかった安田は、仕方がないので口の中で呟いた。
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「横山くん、なんちゅう顔してるんですか」
大倉の声に我に返った横山は、慌てて声のする方へ、大倉を見上げた為にびっくりした顔になった。 「…何が?」 「わかってへんのなら別にええんですけど」 男前が台無しですよ、と言った大倉が、それを残念がっているかは分からなかったけれど、何に対して気を取られていたのかはきっと大倉にはバレていただろうから、横山は多少バツの悪い気持ちになる。膝に乗った雑誌は同じページを開きっ放しで、耳だけが過敏に室内の会話に聞き耳を立てていた。 「すばるくんの話、聞いてたんでしょ」 横山くんてけっこームッツリですよね、といつぞやのラジオの仕返しのつもりか、大倉は人の悪い笑みを浮かべる。それを見た横山は、錦戸に似てきよった、と少々ゲンナリする。 「横山くんも人並みに妬いたりするんですね」 と、言った大倉の言葉は大雑把すぎて、横山はどう受け止めたらいいのか分からない。 不用意に聞こえてしまった渋谷と安田の会話に対して、色々と思うことはあったのだけれど。ドラマ撮影中の錦戸と、渦中の村上を除く5人が揃う楽屋内で、大声でそんな話をする渋谷の無神経さや、まるで世間一般のカップルのように渋谷とバスボムとやらを楽しんだ村上や。それに対して恋人の自分を差し置いて、と思ってしまった自分に対する照れや、そんなこんな複雑でモニョモニョした気持ちを果たして大倉にどう言えばいいのか。横山は考えるのが面倒になってしまって、結局、大袈裟にため息を吐いてみただけだった。
その後、要するにただ羨ましかったらしい横山が、ラブリーなバスボムをこっそり買ったとか、買わなかったとか。
***** LUSHネタ。
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