a Day in Our Life


2005年10月16日(日) 星屑のスパンコール。(亮雛)


 顔を上げると、澄んだ夜空に星が瞬いていた。

 村上はほっ、と息を吐く。あんまり上を見すぎて足を躓かないように気をつけながら、それでも意識して空を見る。日中、予報外れの天気雨が降ったせいか、その日の空も、空気もいつもより澄んでいる気がした。日もすっかり暮れた今は日付すら変わった夜中。帰路を辿る村上の足がやや急ぐ。
 いい年の男がどうかとは思うのだが、村上は、暗闇が怖かった。
 それは危険とか、変質者とか、人外のものとか、何か特定のものに畏れを感じるのではない。ただ漠然と、暗闇が怖かった。特に夜、一人で歩くのが苦手で、不特定な身の危険を感じれば、そこに例え女の子がいたとしても、守ることも出来ずに足が竦むに違いない。
 そんな事を話して聞かせた覚えはたぶん、なかったと思うのだけれど。
 いつか錦戸は、僅かに笑みを浮かべたその顔で、言ったのだった。
 「夜が怖い時は、空を見上げるといいですよ」
 何故と問う村上に、星明りに心が解れますから、と錦戸は笑うよりも繊細に微笑んだ。そんな会話の流れでもなかったように思うけれど、唐突な話題と、何よりその内容に、そんなもんかな、と上手く実感も出来ずに小首を傾げた村上を見て、すぅ、と目を細めた錦戸は、もどかしいような表情になった。
 「俺がいつも側におれたらええんですけど。そうも行かないんで」
 だから一人で何とかして下さいね、と女のような扱いには不思議と違和感も不快感もなくて。試してみるわ、と答えた村上は、錦戸のその想いの重みも有りがたみも、半分も理解していなかったに違いない。
 
 今、見上げた夜空に振る星明りは、思いの他その心に力を与える。
 錦戸の言った通りだ、と思った。
 怖さに怯えて下ばかり向き、その視界を狭めることによって余計に周囲に対する警戒心を強めるより、顔を上げて深呼吸する方がよほどいい。瞬くその美しい光が、忙しなく生活する毎日で、忘れていた気持ちを思い出させるから。そして何よりそうすることによって、アドバイスをくれた錦戸の顔をはっきりと思い浮かべることになる。錦戸がそこまで企んで、そうするように言ったのかは分からないけれど。あまつさえ今日、彼も違う空の下で、星を見上げたのかなんて考えてしまうから。
 まるで、そこにはいない錦戸が側にいるようで。

 そう思えたこともやはり村上は、嬉しいと感じた。



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見上げてごらん夜空の星を。

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