a Day in Our Life
遠くから呼ぶ声には気が付いていた。
「村上くん!」 その声は、時に必死だったり、時に怒り口調で、時に諦め気味に。止むことがなく何度も呼びかける。とうに聞こえてはいたけれど、振り向く気にはならなくて、前を向いたままどんどんと歩みを進めた。 「村上くん!」 年に一度のバーベキュー大会。何人かの欠席者は出たものの、今年も開催が出来たことを嬉しいと思った。毎年のことではあっても、それは楽しく、有意義な時間で。だからその満ち足りた場をそっと抜け出して、浜辺を歩き出したことに意味はなかったのだと思う。 「村上く…痛っ!」 さっきから何度呼ばれたか分からない、安田が自分を呼ぶ声に変化が起こったことに気が付いた村上は、それでやっと、立ち止まって振り返る。柔らかな砂地を全速力で追ってきていた安田は、早足で歩く村上が振り返ったことに気が付いて、一瞬止まった足をもう一度早めた。 振り返るまでもなく、必死で自分を呼ぶ声は、安田だろうと気が付いていた。そうでなくとも横山や渋谷はそんな風に自分を追ってきたりはしないし、錦戸と大倉は欠席。丸山よりも忙しない、その足音は安田のものだった。 浜辺を歩く背中に、必死で呼びかける声。振り返る気にならなかったのは何故だろうか、村上にもよく分からなかった。空は高く、空気は澄んで、気持ちがよかった。赤いTシャツをはためかせて波打ち際を歩けば、どこまでも行けそうな気がしたのだ。それはおそらく、幸福と呼べる気持ちだったのだと思う。 いつまでも先を進む村上を、諦めない安田が追いかける。それは少なからず意地悪心だったのかも知れないし、そうではなかったかも知れない。とにかく必死で走って追ってきた安田は、やっと村上を捕まえて、ほっとした表情を見せた。 「村上くん…歩くん早いですよ、」 息を切らせながら言って、けれど怒っているのかと思ったその顔は、案外笑っていた。安田自身もよくは分からず、とにかく必死で走って迎えに行った、その結果、砂利で切れた足が今になってじんわりと痛んだけれど。でも。 「よかった、捕まえた」 遠く遠く、必死で走っても捕まらない背中が少し腹立たしくて、少し不安で。だからこの手に入れたことが嬉しいと思った。そう思えたら何だか他のことはどうでもよくなって、だから安田はただ、村上に笑いかける。その笑い顔に不思議と安心をしたから、村上は、 「戻りましょ?」 安田の問いかけに、笑って頷いて。帰ろう、と思えたのだった。
***** 2005年夏BBQ。
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