a Day in Our Life


2005年09月06日(火) テンペスト。(コンフィティ→アントーニオ)


 轟々と吹き荒れる嵐に耳を澄ませて、コンフィティは不安げに顔を上げた。

 「彼は、大丈夫かな」
 その日。日頃、物静かなホープランドの森にも、嵐が迫ってきていた。アセンズの国を襲った大嵐は、そこにあるものをなぎ倒す勢いで吹き荒れる。飽きず轟々と荒れる風音を聞きながら、アセンズの住民たちも、ホープランドの妖精たちも。同じように雨戸を閉ざして、そっと身を潜める。
 ねぐらにしている大樹の中から、僅かに顔を覗かせたコンフィティは、不安げな顔をますます不安で曇らせて、荒天の空を見上げた。
 心配です、と大きく書いた顔をして、コンフィティの心配事は、遥かアセンズ城に住まう彼の人の事。普段、冷徹を絵に書いたような彼のことを、そんな風に心配するのはコンフィティだけだったかも知れない。
 「コンフィ。何をそんなに心配しているの?」
 うつうつと眠りに落ちていたエルフィンは、落ち着きのないコンフィティの気配にそっと目を覚ましたらしい。ぐずぐずと目を擦りながら、暗い夜空を見上げるコンフィティに目を向ける。
 「…僕、やっぱり見に行ってくる!」
 「えっ…?ちょっと、コンフィ!」
 言うが早いかさっと飛び立ったコンフィティを、止める間もなくエルフィンの伸ばした手は、虚しく空を切る。大嵐が空を黒く覆い尽くしていて、あっと言う間に、コンフィティの姿は見えなくなってしまった。
 いつもとは違うコンフィティの様子に、よっぽどの心配事があるのだろうと、エルフィンも不安げにコンフィティの飛び立った空の向こうを見つめる。気もそぞろに出て行ったコンフィティの、行く先も分からない。もしかしたら森を出てしまったのかも知れない。こんな天候の中、いくら妖精と言えど、順風には飛べないのに。
 古来よりこのホープランドの森に住まう妖精たちは、この森に迷い込む人間たちの手助けをしてきた。ある時は冗談混じりに、ある時は親身になって。いつだって向こうからやって来るのは人間で、だから妖精たちは、森を出ることがない。人間たちには彼らの姿は見えなかったから、外界に出ることだって出来たけれど、万が一、何が起こってもおかしくはないから、それは森の掟として、安易に外に出ることは禁じられていた。
 けれど近頃、そっと森を抜け出すのはエルフィンの秘め事で。遠くアセンズ城まで飛んでゆく。気になるあの人が元気でいるのか、風邪など引いていないか。参謀として、仕事を詰めすぎていないのか。そんなことが気に懸かってふらりふらりと、夜空を駆ける。
 今、実はそれと同じ理由でコンフィティが出て行ったことには気付かないエルフィンは、真面目なコンフィティの珍しい掟破りに、彼の心配事が杞憂であるよう、祈るようにただ、夜空を見上げた。








 激しい雨粒がコンフィティの全身を濡らした。
 妖精と言えど、天候に対して全能ではない。嵐の中に飛び立てば、豪雨がその羽根を惑わすし、暴風が行く手を阻む。それでもふらり、ふらりと頼りない足(?)取りで、コンフィティは先を進む。ホープランドの森を越えて、郊外から、街中へ。その中央に鎮座するアセンズ城が、暗い空の中にぼんやりと浮かび上がる。
 その城内にいるアントーニオ侯爵の無事を、コンフィティは確かめたかったのだった。
 「また、泣いていないかな。また、怖くて震えていないかな」
 ぽつり、と呟いたコンフィティは、口に出したことで余計に心配を募らせる。
 その昔。まだ、アントーニオが幼かった頃、ちょうど先王によって父クインスが追放された動乱の時期に。一人残されたアントーニオが、嵐の夜に、ホープランドの森に迷い込んで来たことがあった。父の温もりを探していたのだろう、歩けば歩くほど町は遠のき、広い森が幼いアントーニオを惑わせる。雨に打たれてずぶ濡れになりながら、大きな雷がひとつ鳴った瞬間に、とうとうアントーニオは、大樹の根元で蹲ったまま、動けなくなってしまった。轟々と吹き荒れる嵐、雨は止まず、時おり雷がその小さな心を脅かす。孤独と恐怖で殆ど失神しそうになったアントーニオを魔法で眠らせて、コンフィティは大樹の中に運んだのだった。
 その時、コンフィティには可哀想な彼をとりまく事情までは、明確には分からなかったから、せめて眠る彼が彼の望みどおりの夢を見れるよう、側についてやることくらいしか出来なかったのだけれど。きっと目が覚めた時には嵐も過ぎ去って、妖精たちが運んだ花々が、彼の目と鼻を癒してくれる筈だから。
 翌日、大樹の根元で目を覚ましたアントーニオは、頬に固まった涙を拭って、健気に歩いてアセンズの国へ戻って行った。それきりコンフィティは、アントーニオを見ることがなかったから、成長した彼の顔姿は知らなかったのだけれど、声を聞くだけで彼だと分かった。声変わりをしたとはいえ、幼いあの頃と変わらない、よく透る真直ぐな声。呪文のように「父上」と呼んだ、やや舌足らずなその声。

 「…父上、」

 だから、ずぶ濡れになった重い体を懸命に浮かせて、コンフィティがやっとの思いでアセンズ城に辿り着き、一人自室で不安げに身を震わせるアントーニオの姿を見つけた時、すぐにコンフィティはステッキを振った。隣り合わせにある父クインスの部屋の灯りを戯れに消し去り、訝しんだクインスが蝋燭の灯りを手に、息子の部屋を訪れるまで、そう時間はかからなかった。
 「どうなさいましたか」
 嵐が怖いなどと、言って父に心配をかけるようなことはしたくなかったらしい。気丈さを偽って平坦に言ったつもりのその一言だけで、けれど父にはすぐに見透かされたようだった。僅かに目を細めたクインスは、そうとは言わずにただ、「この嵐で私の部屋の灯りが落ちてしまったようだ」と呟く。
 「嵐が止むまで、ここに居てもよいだろうか」
 「もちろんです、父上」
 ことり、とテーブルに蝋燭台を置いたクインスが、微笑みを称えてひと撫で、アントーニオの頬を掬う。それを合図にほっ、と深い息を吐いたアントーニオが、ゆっくりと父の肩口に顔を埋めるのを切ない視線で見届けて、コンフィティはまた、嵐の中を飛び立った。



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童話のようなお話を目指しました。

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