a Day in Our Life


2005年08月29日(月) 十二夜。(クローディオ×アントーニオ)


 「アントーニオ、ここへ」

 呼べば目だけで頷いたアントーニオが、機敏な動作で近づいて来、恭しく傅く。垂れた頭を見下ろしたクローディオは、苦笑とも取れる笑いをその頬に浮かべ、優しい声を出した。
 「アントーニオ。これは命令ではない、だからそれがおまえの意に添わぬなら、拒絶する権利がおまえにはある」
 命ではない、と言われたアントーニオは、いまだ片膝を立て、王の目前に傅いたまま、背だけを伸ばしてその目を瞬かせた。ばさり、と睫毛が落ちそうな瞬きを数度、繰り返したその漆黒の瞳を覗き込むように見たクローディオは、自らも片足を折り、視線を合わせる。王としてではなく、今、ただ一人の男として、目の前にある手を取った。
 「私が欲しいのは、忠誠でも同情でもない。欲しいものはただひとつ、おまえの気持ちなのだ」
 おまえは恐らく、知っているのだろう、とクローディオは淡い笑みを浮かべる。それは諦めのような、悟りのような。穏やかな目をしたクローディオの、握られた手に熱が篭もる。
 「おまえを、愛している」
 と、それは母が子にそう言って聞かせるような、どこか懐かしい、覚えのある声色で、言ったクローディオは優しく微笑んだ。瞬間的に引いてしまいそうになったアントーニオの手を、けれど強制ではなく、捕えたまま離さない。
 「クローディオ、様…」
 やっとの思いで絞り出した声は、儚くも掠れて。アントーニオは自身の心臓が壊れんばかりに脈打つ、その躍動を意識する。
 「アントーニオ、」
 軽い呼吸困難で上気した頬に、クローディオの骨ばった指が、明確な意思を持ってゆっくりと触れた。その、瞬間に。それはアントーニオが意識してそうなったのか、それとも無意識に体がそうなるのか。小刻みに震えだしたその体に、クローディオは気が付いた。
 「アントーニオ。私が怖いか」
 澄んだ瞳が涼しげにアントーニオの潤んだ瞳を覗き込む、その視線だけでまた、震える体を意識した。
 「いえ、そうではありません。そうでは…ないのです」
 違う、と繰り返すアントーニオの言葉とは裏腹に、その体は震えるばかりで。頭と体が切り離されたような、それは、おそらく幼少の頃から刷り込まれたトラウマで。最愛の父に憎め、と教え込まれたその人を、今でも体が拒絶してしまうに違いなかった。
 それが、自分の意志なのか、そうではないのか、アントーニオには咄嗟に判断が出来兼ねて、ますます頭は混乱する。可哀想なほど、ただ震えるアントーニオの頬に、クローディオは先ほどとは違う温度でもって触れた。
 「アントーニオ。震えないでおくれ、私はおまえを苦しめたい訳ではないのだ」
 ただ愛しくて、ただ触れたいだけなのに。
 クローディオは、その大きな瞳を苦しげに閉じる。その両腕で震える体を、精一杯に抱き締めた。そんなことで彼の震えを止めることは出来ないと分かっていても。むしろ、そうすることで余計に、彼を困らせると分かっていても。けれど今、愛しさと切なさに狂いそうになりながら、クローディオはただ、アントーニオを抱き締める。
 彼の震えが止まることを祈りながら。



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孤高の王。

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