a Day in Our Life


2005年08月25日(木) 一周年。(横雛)


 「盛り上がっとんなぁ」

 薄い壁越しに、遠くから聞こえる歓声を耳にして、ふと顔を上げたタイミングが同じだった。
 夏恒例の舞台。4年目を迎えた今年は例年以上に演じる、というものを大事にした結果、芝居に幅は出たけれど、その分ショータイムは削られ、自分たちの出演時間は減っていた。静と動、正と悪を分かりやすく前面に押し出したことから、劇中、悪の権化と評された自分たち親子は、悪役らしく、要所要所にしか出てこない。ゆえに、こうやって楽屋で待機しながら舞台上を眺めることになる。
 「そういえば今日は、一周年やねんな」
 何の、などとは言わなくてももちろん通じ合っていた。
 誰に言われた訳でもなく自身が既に意識している。昨年のCDデビューから今日でちょうど丸一年。地域限定デビューから全国へ、その後年内には東京進出、そして先日、夢の一つであった大阪城ホールでのコンサートを終えたばかりだった。とんとん拍子、と言うには様々なことがありすぎた一年、それはこうしている今も、安泰ではない。それでも恵まれていたと思うし、それらのチャンスを無駄にせず、モノにしてきた自信も少なからずあった。その区切りである今日を、こんな風にのんびりと振り返っている自分たちが少し、不思議に思えた。
 そやなぁ、MC何喋ろ。とまるで自然体の村上は、楽屋での空き時間が増えることを考慮してか、持ち込んだバランスボールに飽きず乗っていた。それはまぁ、いいのだけれど、中途半端に舞台衣装を纏ったまま、雄雄しくも半分アントーニオで半分村上が、ボールに乗ってバランスを取っている様は何というかこう、がっかりというか、ほっこりというか。
 「何?」
 目が合った横山は、彼にしては珍しく視線を逸らすこともなく。今思い出した、というようにぽつりと零した。
 「ぃや。今年は出番も少ないし。待ち時間も長いから、ヤりたい放題やなぁ、て思てたんやけど」
 「やりたい放題?」
 「ヤりたい放題」
 ひらがなとカタカナの微妙な違いは、もちろん村上にはすぐに理解って、くすくすと笑った村上が、バランスボールから降りてくる。
 どちらかと言えば去年も出番は多くはなかった横山が、あえてそう言うのはつまり。今年は二人して待ち時間が長くて。珍しく二人、同じ楽屋で。だから。
 「いつ、誰が入ってくるかも分からんのに。そうやなくても隣の部屋にはすばるもおるんやから」
 アホなこと言いな、と言いつつ村上が、満更でもない様子はなんとなく分かったから。
 「そんなん、やってみなわからんやろ」
 こちらもやはり、舞台衣装そのままの横山が、大ぶりの指輪を嵌めた指を伸ばした。と、思った瞬間にもう腕を捕まれて、縺れ合うように畳に転がった。
 「えぇ〜?嫌や、ヨコすぐその気になるんやもん」
 ぼやくように笑う、村上のうるさい口を唇で塞いで。転がった勢いのまま、しつこくキスをした。音を立てて。角度を変えて。その気になったのはどちらが先だったか、目を閉じたのは村上の方が早かったと思った横山は、けれどその舌の感触に気を取られ、そのことをもう忘れていた。
 「おまえこそ、その気になったくせに」
 唇を離しただけの至近距離でそう囁けば、戯れのようなその吐息がくすぐったくて、村上は艶やかに笑う。肌に触れるその視線と、体温だけで体の芯から熱くなるだなんて、そんな。
 「けどなぁ、問題があるとすれば」
 ごろり、とまた二人して転がった先に、放置されたままのバランスボールにぶつかって。その勢いでまた半回転を転がって、たまたま上になった村上を見上げた横山が、真顔で呟いた言葉が村上は本当におかしくて。
 「この衣装、どこからどぅ脱がしたらええんか分からへんねん」

 笑っている間に、出番が迫ってきていた。



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(関西)デビュー一周年。

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