a Day in Our Life
2005年08月19日(金) |
rose of heaven. (クインス×アントーニオ) |
「クインス」
背後から掛けられた声に振り返ったクインスは、相手の顔を見、美しい笑みを浮かべた。 「クローディオ様」 「こんな所で何をしておいでです」 王となった今でも、それは目上の者に対する礼儀か、クローディオはごく親しい会話の時はそうやって、敬語を使う。今、城の庭にある薔薇園で花を摘むクインスに、クローディオはそう言って問うた。 「男ばかりの執務室はむさ苦しくていけません。せめて花でも飾ろうかと摘んでいるのです」 答えるクインスは、その手にとりどりの薔薇を抱えていた。むせ返るような甘い薔薇の香りの中で、その姿は気高いほど美しく、この世のものではないようにすら思える。無言で頷いたクローディオは、一歩を進んで手を伸ばし、たくさんの薔薇の中から一本を抜き取る。手にした薔薇は鮮やかな黄の色をして、クローディオの目を楽しませた。 「そうか。では、私からもこれを」 「これは見事な薔薇。アントーニオも喜ぶことでしょう」 アントーニオ、の言葉に反応してクローディオが不意に笑んだ、それに気付かぬ振りをしたクインスも、微笑みを浮かべたまま恭しい動作でその花を受け取った。 「今日の講義は予定通りだとアントーニオに伝えてくれ。私の部屋で待っている、と」 「は、確かに申し伝えます」 薔薇を抱えたまま一礼を寄越したクインスに、僅かに頷いたクローディオはもう、踵を返して庭を出て行ってしまった。その、優美なる後ろ姿を見送ったクインスは、抱えた薔薇に目を移し、その中にひとつだけ、異色たる黄色の薔薇を見つめた。 「”嫉妬”、”貴婦人の気品”…王はどちらの意味をお込めになったか」 楽しそうに笑んだクインスは、大切に花を抱え直し、やがて王に続いて庭を後にした。
*
「父上、これは…?」 部屋に入って来たアントーニオは、まずはその香りに気がついて僅かに眉を動かし、次いでテーブルの中央に飾られた美しい花に目を向けた。 「庭の薔薇園で摘んできたのだ、気に入らなかったか?」 「いえ、そうではありません。が、何故急に花などを」 「それはだ、アントーニオ」 音もなく近づいたクインスが、伸ばした指に捕らわれてはじめて、アントーニオはその意図に気が付く。声に出す前に唇を塞がれて、抗う気もなく瞳を閉じた。触れるだけの唇はすぐに離れて行って、名残惜しそうに目を開けたアントーニオに、クインスは透き通るような美しい笑みを浮かべて、 「淫靡な薫りを、薔薇の香りに消してしまおうと思ったのだ」 言えばアントーニオは昨晩の情事を思い出し、本物の薔薇に負けないくらいその頬を鮮やかに染め、口篭もってしまう。月明かりに裸体を晒し、父の前で痴態を晒した。陽の光の下、衣服を着込んで執務室を見遣れば、その空々しさに余計に気恥ずかしさが火のように噴き出す。うぶなその様子がクインスにとっては可愛くて、意地が悪いと知りつつつい、からかってしまう。その心を知ってか知らずかアントーニオは、照れ隠しも手伝ってわざと父の胸に顔を埋め、甘えるような仕草をした。父はそれがやはり可愛いと思ったから、手を回してその体を抱き締める。甘い栗毛の髪を撫でてやると、気持ちよさそうに顔を擦り寄せる様が、やはり可愛くて仕方がなくて、その髪にも音を立てて口付けた。 「…父上に抱き締められると、薔薇の香りがします」 うっとりと呟いた息子の言葉にクインスはまた、美しい微笑みを浮かべて。 「それは先ほど薔薇を摘んできたから、匂いが移ったのだろう」 言った言葉に「いいえ」とアントーニオは僅かに体を起こし、 「父上から薔薇の香りがするのです」 大真面目に言うからクインスは笑みを浮かべたままさらに優しく、甘くその体を抱き締めた。その体温や、力加減や、なによりむせ返る甘い香りに包まれて、アントーニオは思う。
まるで天国にいるようだ、と。
***** 「クインス」の花言葉。
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