a Day in Our Life


2005年08月17日(水) 冬物語。(クインス×アントーニオ)


 陶器のように白く美しい指が触れた瞬間、まるで電流が走ったように体が痺れるのを感じた。

 「アントーニオ」
 クインスの声は低く、静かに。囁くように優しく掛けられた声だけでアントーニオはもう、身動きが取れなくなる。促されるがままに窓辺に置かれたベッドサイドに腰を掛け、父の飴色の瞳に覗き込まれると、火傷のせいだけではない、体がちりちりと焦がれるような気がした。
 「火傷の具合はどうだ」
 今日、ホープランドの森の中で、足元を照らすランプをうっかりアントーニオに近づけてしまったのは母エミリアだった。気が動転した訳ではあるまいに、一度ならず、二度までも。胸と、背中。不慮に二つの火傷を負ったアントーニオは、その重厚な衣服の下で、醜い傷を隠しているに違いなかった。
 「…大したことはありません、父上」
 今。父クインスは、その固い布地の上からゆっくりと傷痕を撫でる。まるで分かりきった嘘を吐く息子を嗜めるように、それでいて、その嘘を愛おしむようにも見えた。
 「嘘を吐いてはいけない、アントーニオ。あれほどきつく火に当たったのだ、大したことがない筈がないだろう。父に見せて御覧、手当てをしてやろう」
 「いえ…父上、」
 「アントーニオ」
 見え透いた嘘を吐くアントーニオは、それでもまだ、父の申し出を断りたかった。けれどそれが許される筈もなく、咎めるような声で名を呼ばれ、アントーニオは口を噤む。
 「さあ、服を脱いでごらん」
 殆ど唇が触れそうな距離で、そう、微笑まれてアントーニオは、覚悟を決めたようにゆっくりと指を持ち上げる。止め具を外し、マントを脱ぐ。上衣の止め具をひとつずつ、外すごとに体温が一度ずつ上がる気がした。アントーニオが一枚ずつ衣服を剥いでゆく様子をじっと見遣る父の視線が、痛いような、むず痒いような。
 最後の一枚を剥いで、暗い寝室の中、月明かりにその肌を晒した。案の定、ランプによって焦がされた部分が赤黒く爛れて、醜い火傷になっていた。そっと背を押して、僅かに前屈みになったアントーニオの背中を見遣ると肩口にも同じように、火傷の跡。
 「可哀想に…」
 月明かりに照らされて、美しい父の指が直接、肌に触れた。頬にあったその手はするりと落ちていき、火傷の跡を優しく撫でる。羽根が落ちるような、優しいその動作でも、傷になったばかりの箇所には刺激が強くて、アントーニオは思わず息を飲んだ。
 「…っ、」
 「痛むのか」
 「いえ…」
 痛いのに、痛いとは言わない。
 それは今まさに、憐れむように傷に触れる肉親によって、つけられた傷だから。母がつけた傷を父が慈しむ。それは不思議な感覚で、切ないような、満ち足りるような。幸せにアントーニオは、殆ど酔いそうになる。
 「おまえの美しい肌に、こんな傷を与えてしまうなんて」
 後悔とは違う、父のそれはどのようなものだったのだろうか。考えようとしたアントーニオはしかし、父の唇がそこに触れた瞬間に、もう、考えることを止めた。
 雪のような白い肌に映えた、父の熟れた赤い唇が、ゆっくりと、まるで消毒をするようにひとつひとつ、丁寧に傷に触れていく。熱く火照った患部が父の体温に触れて、どちらがより熱いのか、アントーニオには分からなくなった。
 胸の火傷に触れ終わるとベッドの上で、抱き合うような体勢で、父の唇が、背中にも触れてくる。唾液で滑ったその赤い唇から同じくらい赤い舌が覗いて、ちろりと傷を舐めた頃にはもう、アントーニオは縋るように父に体を擡げていた。
 「アントーニオ。おまえは私のものだ」

 父にそう言われる前から、言われなくとも。
 アントーニオは愛しい父に、その身も心も捧げているのだ、と思った。



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愛憎過多。

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