a Day in Our Life
2005年08月07日(日) |
恋の骨折り損。(クローディオ+シートン) |
「クローディオ様は何処に行かれたか?」
コツ、と靴音を止めてアントーニオはそう問うた。問われたシートンは、つい今までの癖で平伏しそうになり、そうだ、今はこの方ではなく、新しい王がいるのだ、と思い出した。 「は、先ほどまでこちらにいらしたのですが…」 「そうか。ではまだ遠くにはいらっしゃるまいな」 ありがとう、と僅かに会釈を残して、今にも去って行きそうなアントーニオを見た。今までのアントーニオならば、下々に向かってそんな台詞を吐くだろうとも思えない。ぽかんと見上げたアントーニオの傍らには、こちらも柔らかに笑みを浮かべたエミリアが穏やかにシートンを見遣る。 「私も少し、クローディオ様にお話があるのです」 クローディオによって、その真の姿を明かされたエミリアは、けれど知れたその後も、この方が落ち着くのだとしばしば以前のような、女装姿で現れた。今も、銀のドレスに銀の眼鏡をかけて、母親の微笑みを浮かべたエミリアに、シートンは内心、ほんの少しの親近感を抱いていたりして。 それぞれにクローディオを探す用があるらしい。言い残して、今度こそ親子揃って歩き出した。その、背中を何をともなく見送っていると、傍らに姿を見せたのは、前をゆく二人の探し人。 「クローディオ様…!」 シッ、と人差し指を立てられて、尻すぼみ気味に声を殺したシートンを、にこやかな笑みを纏ったクローディオが見つめ返した。 「何だか、手を繋ぎたいように見えはしないか」 笑い顔のクローディオが指し示した先、そこにはいない人を探してゆっくりと先を歩む、二人の姿。 「手を…?」 クローディオの視線の先、どちらが先でもなく、同じ歩幅で肩を並べたアントーニオとエミリアの指先が、触れそうで触れない微妙な距離感で、歩みに合わせて揺れていた。 「繋ぎたいのなら繋いでしまえばいいのに、それが何とももどかしい。それでいてつい妬いてしまったから、こうやって少し、意地悪をしてみたのだ」 明るく笑うクローディオに、流されるようにシートンも思わず笑みを浮かべた。クローディオが妬いたという、その相手はエミリアだったか、アントーニオだったか。 それは、もしかしたら、シートンも。 何ということもなく、そう思う。愛を知らないというアントーニオを、けれど誰よりも愛していたのはエミリアではなかったか。我が身を差し出してその命を守るほどに。そんな風に愛されていたアントーニオは、だからこそ母の為に、父の為に、自分を殺して生きてきたのではなかったか。 「おまえも、そう思うだろう」 シートンの表情を察して、クローディオが人の悪い笑みを浮かべる。 一度は刃を向けた、かの人を。 ”スグリ”の花言葉は切ない恋。恋に破れたばかりのシートンは、また、切ない恋を始めようとしているのかも知れない。
***** マジカルサマー初見直後小話。
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