a Day in Our Life
「ヒナちゃん。頭撫でてもえぇ?」
質問のような、確認のような、そんな軽さで聞いてみた答えの代わりに、村上くんは黙って大きな瞬きをした。それは珍しく二人っきりの車内で、邪魔する人も見咎める人もいなかったから、そんなことが言えたのかも知れない。 「…えぇよ」 日頃の安定したテンションより少しだけトーンダウンした村上くんは、言って軽く頭を差し出した。それきり黙ったその頭にそろそろと手を伸ばす。ゆっくりと触れた髪の毛は、最近えらハマりのサッカーをするのに直射日光を浴びるせいで、記憶よりも痛んでいる気がした。クセのある髪がごわごわと手の腹に触れて、けれどその感触が無性に嬉しくて、ドキドキしている心臓を認めた。 タクシーの安定した振動に揺られて、時折互いの体が少しだけ大きく傾く。飽きずその頭を撫でながら、戯れに時々テンポを変え、時々髪に指を絡めた。 されるがままの村上くんを横目で盗み見ると、黙ってフロントガラスの先を見つめて、なぜ急に頭を撫でようと思ったのか、聞こうか聞くまいか、考えているのかも知れなかった。もし、なぜそんなことをするのかと聞かれたら、こう答えるつもりだった。 「ヒナちゃんはいつも人の頭を撫でるけど、撫でられることがないから。ほんなら俺が撫でてあげたいなぁ思っただけやねん」 内心で答えたつもりが、つい口をついて出たらしい。上目遣いで見上げた村上くんと目が合った。 「アカンかった?」 駄目押しのように確認すると、いや、えぇよ、と短く返って来る。視線を落として。代わりに甘えるように、頭がもぅ少しだけ傾いたから、それが肯定だといいように解釈した。 「まさかヤスに頭撫でられるとは思てへんかったけどなぁ」 呟いた声は少し弾んで、それが欲目でなければ村上くんは、気持ちよさそうに目を閉じて。嬉しそうに笑ってくれた。
***** 頭を撫でる人。
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