a Day in Our Life


2005年06月05日(日) 解禁…したはいいものの。


 重い木の扉を叩くと、静かな声が返った。

 ドアを開けて中に入ると、部屋の奥に鎮座した大きなデスクから、回転椅子を回してまっすぐにこちらを振り返る目線が交わった。一歩中に入ったものの、その場から動けずに立ち尽くしていると、目だけで微笑った部屋の主は、音も立てずに立ち上がる。言葉はなく、ただゆっくりと近づいてくる静かな足音が数歩分、耳に入ったと意識する間に目の前に立った目線が先ほどより近づいた。いつもぴったりと着込んだ軍服は僅かな襟の乱れもなく、上まできっちりと結んだ帯を経て、顎から唇へ、そしてゆっくりとその大きな瞳へと辿り着いた。至近距離で目線を合わせて、それでもまるで言葉は出てこない。
 何をしに来たのか、あるいは聞こうとしたのかも知れない。けれど他でもない今夜、この部屋を訪ねた理由などひとつしかなくて、何か言おうとして来たには違いないのに、いざとなると何をどう、伝えたらいいのか分からなかった。
 「大尉。……私は、」
 一度交わらせた視線は、もう外さなかった。至近距離で見たその顔が、僅かに揺らいだように見えたのは気のせいだったかも知れない。
 いつも固く唇を結んでいた上官が、幼く笑った口から二本の八重歯が覗くことを知っていた。真面目で厳しくて、けれど隊員のことを親身に考えてくれた、彼が上にいたからこそ自分は今までこうやって、隊務を全う出来たのだと思う。
 そう、いつからか自らの存在意義は変化して。ひどく背徳的な、非国民と罵られかねない、そんな密やかな思いで毎日を積み重ねて来たのだ。
 改めて目の前の顔を見る。いつだって真っすぐに見返してきたその瞳は、今も純真な眼差しを向けていた。その目を覚えておこう、と思った。きっと忘れないように、墓場まで持ってゆくつもりで。
 明日、自分は死にに出る。行きの燃料と爆弾だけを積んだ特攻機に乗り、儚くも散っていく。戻ることは許されない、だから。
 「私は帝国の為に死ぬんじゃない、あなたの為に死にに行くんです」

 それはひどく誇らしい、意味のある死だと思えたのだ。



*****
約束…果たされるのかな。

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