a Day in Our Life
「あ〜、美味かったなぁ」
その日は村上おすすめのイタリアンレストランで食事を摂り、店を出るとすっかり夜は更けていた。ネオンだらけの東京の空に比べるとまだ少しは自然味のある大阪の夜空にはうっすらと月が浮かんで、安田はその空に向かって満足げに深呼吸をした。 「せやろ?俺も知り合いに教えてもろてんけど、女の子にもおすすめやと思うから今度連れてみ」 安田の喜びように連れて来た村上も満足そうで、そんな事を言ってくるのに安田は、その村上自身が割と女の子向けの店を好む傾向がある気がする、とぼんやりと思った。だからたぶん村上に連れられる店を自分が気に入らなかったことはないのだと、それはつまり安田も同じような傾向にあるということだった。そしてそう思う頭とは別のところで、女の子と行くより村上と行く方が自分は楽しいのに、とそんなこともまた、安田は考えた。 「せやけどヤスが誘いに乗ってくるなんて珍しいんちゃう?」 安田の相槌がないことには気にも留めない様子で、村上はもう話を変える。食事だけでなく遊びの誘いも、大倉のように声を掛けられればまず断らないようには安田はいかなかったし、ましてや二人きりで出掛ける、などというのは初めてにも等しかったかも知れない。こう言うと理解されないことも多いのだけれど、急に誘われても心の準備が出来ない安田は、嬉しいのに付き合えずに断ってしまうことも多かった。それは決して迷惑だからとか気が乗らないとかそういう事ではなく、本当に、気持ちの切り替えがすぐには出来ないからだった。それは、村上からの誘いだと特に。 だけど今日、やはり急に食事の誘いを掛けてきた村上に、その日に限って行きます、と返事をしたのはどうやら自分ひとりだけが声を掛けられたからだったかも知れない。 大勢ならダメで二人ならいい、とか、何だか打算のようだけれど、正直に言えば多少の下心も混じって、安田はやはり、割増で嬉しかったのだと思う。だから普段はすぐにはつかない心の整理を無理にでもつけて誘いに乗り、それがまんまと楽しかったのだから今、嬉しくて仕方がない。 「ヒナちゃんが誘ったからですよ」 最近好んでヒナちゃん、と呼ぶ自分を村上は気にした風もないらしい。自分以外でも最近は大倉や時々は錦戸も、そう呼ぶことが多いからかも知れないが、そういえば反比例するように、昔はやたら”ちゃん”付けで呼んでいた横山や渋谷は最近そう呼ばなくなった気がする、などと今関係ないことを安田は考えた。 「そんなん言うて、前からよぅ誘うけどおまえ、いっつも断って帰っとったやん」 責める訳ではなくそう言って笑う村上に、安田は真顔で、 「それは今日は、二人きりだったからですよ」 ごくごくストレートに言ってみたのだけれど、どれだけ村上に通じたのかは分からない。 最近、彼を好きだなぁとしみじみ思うことが多くて、それはどうやら言動にもよく出ているようなのだけれど、昔は厳しかったり、たまに意地が悪くさえ感じていた村上のことを、それでも単純に好意として見ているのは今も昔も変わらないような気はする。ただ最近は憧れに近い感情で、それを親近感として強く感じているのかも知れない、と安田は思う。近い将来そうなりたい姿として身近にある村上は、強烈な個性として安田にとっては大きな存在だった。たまに振り回されることもあるけれど、それだって嬉しいと思えてしまう、自分は少しエムっ気があるのかも知れないけれど。 そうやって今、真顔で村上を見る安田の視線を受け止めて、村上は、分からないなりに笑い返した。安田の内心を分かっているのかいないのか、その好意を、気付いているのかどうかは分からなかったけれど。 「あ〜何か俺、もぅこのまま死んでもええかも」 空高い月夜を見上げて、あんまり気分がよかったので安田はそんなことをぽつりと呟いた。それはあながち嘘でもなくて、だってあんまり嬉しくて、幸せだったから。 「今、死んでどないすんねん」 俺らはこれからやろ?と笑う村上は、おまえが死んだら困る、とは言わない。何故か安田には決して優しくない村上は、けれど章大、と呼んだ。 「章大。死んだらアカンよ」 安田がそう呼ばれるのを好むと知って、普段は呼ばないくせにあえてそう呼んで。困るでも悲しむでもなくただ死ぬな、と言った村上は、どれだけ狡いのだろうと思うけれど。まんまと安田は嬉しくて、やっぱりこのまま死んでもいい、とぼんやりと思った。
***** 明★萌え。
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