a Day in Our Life
2005年01月19日(水) |
四次元ポケット。(昴雛) |
「ヒナ。やるわ。」
目の前に差し出された黄色い小袋を受け取った村上は、上目遣い気味にその指先を伝って、差出人を見上げた。 「?ありがとぅ」 「レモン味やで」 手のひらに小さく乗ったそれは、袋に小分けされたキャンディ。喉を痛めている訳でもなかったのに、唐突に渡されて僅かに小首を傾げた。けれどそんな村上をじっと見つめる渋谷の目線は依然そこから離れず、仕方なく切り口を破って、出て来た黄色いキャンディを口の中に放り込んだ。 「ぅわ、すっぱ!」 「そらそーやろ、レモン味やねんから。1粒で5個分のビタミンCが摂れるんやで」 何故だか自慢げに、大袈裟に顔を顰めた村上を見て、渋谷は微笑んだ。 「?そぅなんや、」 ニコニコと渋谷は満足そうで、分からないながらも村上は、舌先でキャンディを転がした。口に入れた瞬間の酸っぱさは幾分和らいで、じわじわと甘味が広がる。そういえばアメなんかを舐めるのは久し振りだ、と思った。タバコを止めた直後は何かと口寂しくて、スティックタイプのキャンディを鞄に忍ばせていたものだったけれど、気が付けばそんなこともしなくなっていた。 「でも、どないしたんアメなんか。誰かにもぅたん?」 アメちゃん、なんて歌を歌ってるからファンの子にでも貰ったんかな、と気安く聞いた言葉には、いや?とあっさりとした返事が返って来る。 「俺のこっから出てきたん」 「すばるの…ポケット?」 笑う渋谷が指先で引っ張ったのは、ジャケットの左ポケット。そこから出て来た手のひらには、色とりどりのお菓子の小袋。 「おま…そんなん入れてたん?」 「何や。知らんかった?」 お互いの言葉に驚いて、渋谷はまた、ポケットに手を戻す。舌先でキャンディを転がしながら村上は、そういえば、と思い出していた。
昔、まだまだ自分達が小さかった頃、今よりずっと弱かった自分はよく泣いて、横山によく叱られた。それでも膝に顔を埋めてぐずぐずやっていると、いつの間にか渋谷が隣に来て、いつでもお菓子をくれた。それはアメだったりチョコレートだったりクッキーだったりして、泣きべその村上が袋を破る横で渋谷も一緒に袋を破って、口の中に広がる甘さに気持ちは落ち着いて、隣を見ると何故か貰い泣き気味の渋谷がそれでも笑いかけてくれた。その顔がおかしくて、気が付いたら涙は引いていた。 渋谷のその笑い顔と、今、目の前にある笑い顔がゆっくりと重なる。 あれから随分と月日は流れて、変わったと言われる自分はもう、人前で泣くようなことはあまりしなくなったけれど。 もしかしたらあの頃から、渋谷のポケットはお菓子で溢れていたのかも知れない。まさか自分にくれる為だけにそうしていた訳ではないのだろうけど。
「ちょぉ。疲れとるみたいやったからな」 ぽつりと渋谷が呟く。 それ、1粒にレモン5個分のビタミンC入っとるから。吹き出物にもきっと効くで、と笑う渋谷が、何故唐突にキャンディを差し出してきたのか、それでやっと理解した。 小さくなったキャンディが、パキ、と小さな音を立てて砕かれる。舌先に最後の甘味を残して、消えていった。懐かしいその甘さ。疲れている自覚はなかったけれど、もしかしたら自分では分からない程度に、そうだったのかも知れない。今、舞台の稽古で忙しい渋谷は、比べるまでもなく自分以上に疲れているだろうに、それだからこそ、なのかも知れない。自分では気付かない体調の変化を、渋谷に気付かれたのかも知れない。 「もぅ1個食う?今度はアセロラや。レモンの34倍のビタミンCやで!」 渋谷のポケットから、今度は赤い小袋が出て来る。またひとつ差し出されたそれを、笑って遠慮した。 「いや、ええわ。もぅ元気なったから」 「そぅか?」 無理強いはせずにあっさりと、ポケットに戻して。満足して立ち上がりかけた渋谷を呼んだ。 「すばる」 「何?」 「ありがとぅな」 「…欲しなったらいつでも言えよ」 ありがとう、は貰ったキャンディにだけではなかったのだけれど。 渋谷がそうしておきたいのだろうと理解して、それ以上は突っ込まなかった。席を立った渋谷の小さな後ろ姿から、よく見れば左のポケットだけが僅かに膨らんでいて。 そのポケットの中味は今も昔も魔法のように、元気をくれるんだと村上は思った。
***** 昴のポケットにはお菓子が詰まっているらしい。
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