a Day in Our Life


2005年01月10日(月) ムラサキ。(横雛倉赤)


 「ムラサキ?」

 隣から、小さく呟く声が聞こえた。
 それはすぐに始まった曲にかき消されて、すぐに聞こえなくなったけれど、もしかしたら隣の人は、それきり黙ったのかも知れない。あからさまに真横を顧みるのははばかられて、横目で盗み見てみたら案の定、胸の前で腕組みをした横山くんは、顎を引いてむっつりと唇を結んでいた。
 その日、大阪城ホールで開催されているKAT-TUNのコンサートを見に行こうと誘って来たのはどちらからだったか、はっきりとは思い出せない。こういう営業は欠かさない村上くんはその日、午後から入っていた個人仕事の前に顔を見せに行くと言った。あんたもたまには参加しぃや、とそんな村上くんとは正反対に、こういう所へは殆ど顔を出したことがない横山くんに声を掛けて、条件反射のように始めは重かった横山くんの返事が珍しく軌道修正をされたことに気をよくした村上くんは、だからなのかついでなのか、そのまま視線を流して大倉も行くやろ?と言ったような気がする。ちらり、と視線を俺に向けた横山くんの目が肯定を望んでいたように見えたし、別に断る理由もないのであぁ、はい、とか何とか。さして深くは考えずにここに来て、MCにも出させて貰った後は最近随分と仲良くなった6人のステージを、初めてまともに見ることになった。
 自分達が違う会場で行なっているコンサートとは随分と規模も趣向も違う(と感じた)ステージは、時間もたっぷり2時間以上を催されるらしい。時間に余裕がある分、一人ずつのソロステージも設けられて、前半のうちに三人を終え、計算しなくたって後半にはまだ三人分のステージが残されているはずだった。よく考えなくてもそれはそうなのに、そういえば俺らが退場した後のMCで亀梨くんと上田くんのソロ(それぞれ作詞や作曲を手がけたらしい)の話は出たのに赤西くんの曲の話題は出なかった。その時の上田くんのトークは面白かったから、ただ単に話し忘れただけかもしれないけれど、それとも、と思った。
 ムラサキ、と名付けられたその曲を、赤西くんやKAT-TUNのメンバーが話題にしなかったことを、なんとなく、それだけで済ませられないような気がしていた。それは、左隣にいる人の機嫌があからさまに悪くなった(気がした)からかもしれない。右隣にいる人が食い入るように、それを見ていたからかもしれない。
 ちょうどバックステージの機材の間に挟まれるようにして三人で立っていたせいで、ステージセンターに一人立つ赤西くんを真正面から見ることになった。アリーナのお客さんを挟んで、同じ高さのステージ上、赤西くんの目線が真っ直ぐに向かってくる。
 赤西くんは。
 たぶん、見間違いなどではなく。真っ直ぐに村上くんだけを見ていた。
 真正面から目線が来る位置で、なのに明らかに赤西くんと目が合わないことを、気付いていたのはもちろん俺だけじゃないと思う。それとも気付かない振りをして、左隣の横山くんは、モニターを凝視していたのかも知れない。モニターの赤西くんだって同じように、胸に切ないそのラブソングを歌っているというのに。
 右隣の気配がやけに静かで、今度はそちらを盗み見た。俺より背が低い村上くんをやや見下ろすように見ると、微動だにしない視線が、揺ぎ無く赤西くんを捕らえていた。瞬きもしないで見つめ返す、それが何を意味するのか、赤西くんの視線の意味も。俺には分からない、と思った。
 曲の最後、音もなく右腕を上げた赤西くんの人差し指が真っ直ぐこちらに向かってくる。その指先にあるのは右の人だったか、左の人だったか。それが下ろされたのを合図に、横山くんはふ、と分からないくらいに小さく息を吐く。そして村上くんはやっとひとつ、ゆっくりと瞬きをした。



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滑紺海賊版(違)小話。

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