a Day in Our Life


2004年11月18日(木) 夢と現。(横雛)


 「ヒナ。…ヒナ、」

 遠くから呼ぶ声が聞こえて、村上は深く沈んだ意識下で、ゆっくりと浮かび上がっていく自分を感じた。ゆるゆると目を開けると、完全には開ききっていない視界の中、飛び込んで来た金髪が眩しくて、また目を閉じそうになる。するとやはりヒナ、と呼ぶ声と、今までは気付かなかった、やんわりと添えられた手が、優しく肩を揺さぶる。
 もう一度、ゆっくり瞼を開くと先ほどよりは幾分はっきりとした金髪の輪郭に、徐々に焦点が合ってくる。黙ってその先を見つめると、金色の前髪の間から覗いた黒眼がきょろ、と動いて村上を見つめた。吸い込まれそうなその黒い目を散漫な動きで捕らえた村上も、同じように見た目よりは大きな目を今度こそはっきりと開いて、覆い被さるようにして自分を見ている横山を見つめ返した。
 覚醒した途端、驚いたように見開かれる村上の瞳に、僅かに小首を傾げた横山が、同じようにやや目を開いて村上を見遣る。
 「どないしてん」
 村上が日常の意識上にいたのなら、無理矢理起こしておいてどうしたもこうしたもない、と言い返したかも知れなかったけれど、眠りの縁から引き寄せられたばかりの村上は、そこまで頭が回らなかったらしい。大きく一度瞬きをして、ただぼんやりと横山を見上げる。ぽかんと半開きに開いた唇が、ゆっくりと動いた。
 「…昔の夢を見ててん」
 「夢?」
 寝起きは悪いわけではないのに、珍しくいまだぐずぐずと眠りに落ちそうな村上が、ぼそぼそと話す言葉を、聞き取るために横山は、今よりもう少し顔を近づける。殆ど吐息がかかりそうな距離で、村上の枕元についた片肘で体を支えて、開いた片手で寝乱れた村上の髪を撫でてやる。
 「ぅん。昔の俺とヨコが出て来た」
 「昔の…?」
 それは、どれくらい昔の俺なんかな、と横山が口ではなく頭で問い掛けた言葉が通じた訳ではないのだろうが、いまだ髪を梳く横山の指先にうっとりと目を細めた村上が、ヨコが自衛隊に入ったり、空手習ったりしてた、と言うので、あぁその頃か、と横山は納得をする。
 「よりによってそんなん夢に見てたんか」
 言えばようやく会話がしっかりしてきた村上が、でも今よりずっと頑張ってたで、と少しだけ笑った。
 「何で、そんな夢見たん」
 横山の言葉に深い意味はなかったけれど、言われた村上は、飽きず自分を見る横山の目線から逃れて、何故だろう、と考えた。
 「何でやろ…昔を思い出すようなことはしてへんのやけど」
 夢は深層心理を表すというけれど。昔の夢にはどんな心理が隠されているのだろう、と村上は思う。昔の横山と自分。そこには単に懐かしむというよりは、もう少し違うものがあったような気がした。
 「俺が呼んだからかな?」
 それを悪びれる様子はない横山が、あっさりとそう結論づけようとするのに、抵抗するわけでもなくただ、目線を差し戻す。至近距離で見上げる横山の瞳に、やはり吸い込まれそうだと思った。夢に出て来たのと同じ金髪の根元は夢と同じく少しだけ黒く伸びていて、髪が飾る肌は、あの時と変わらず白く透き通るようで。その金色の髪から見え隠れする眉が、昔に比べて細くなったくらいか。
 あの頃の横山は、今より随分と太い眉のせいか、今よりずっと子供の顔で。今よりずっとシャイでおっとりしていたその表情は、けれど今でも、ふとした時に顔を覗かせる。きっと二人きりの時に見ることが多いその穏やかな横山の表情が、村上は好きだと思う。そう、例えば今みたいな。
 「…何で呼んだん」
 カーテンに目をやってもその先は僅かな光すら見出さない。遮光素材とはいえ、窓の外はまだ闇に沈んでいるのだろうと、時計を見ないまでも村上は当たりをつけた。そんな真夜中に、わざわざ自分を呼んで起こしたのは何故だったか。眠りの浅い横山が、夜中にふと目覚めて戯れで自分を起こしただけかも知れなかったけれど。
 「さぁ?何でやろ、」
 それでも、村上は思う。
 それは自分を救い上げる手だったに違いない。黙って自分を見上げる幼い横山の真摯な目線から、きっと今の自分は逃れることが出来なかったはずだから。おとなしく待つその手を、きっと取り上げてしまったに違いないから。
 目の前にある横山の手を取った。何、と反応を示しながらも村上にされるがままの横山の、その手に柔らかく指を滑らせる。それは、あの頃と比べて随分と骨ばっていたけれど。

 今も昔も変わらない優しさで、村上を包むのだと思った。



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きみくんとひなちゃん。

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