a Day in Our Life


2004年11月06日(土) 擬似抱擁。(亮雛)


 「あ、」

 その日は毎月恒例の雑誌撮影の日。与えられた衣装に袖を通した村上を何気なく見遣った錦戸は、思わず声を出した。
 「?何?」
 口を開けて、驚いた顔で自分を見る錦戸に、何か自分におかしいところがあるのかと、村上は思わず自らを顧みる。ラーメンに入っていたネギが歯に挟まってるとか、パンツからシャツが出てるとか。髪が跳ねてるとか?けれど今日はラーメンは食べていないし、たった今、着替えたばかりの衣装はセーターだった。髪は…これからセットして貰うから、跳ねてるかもしれないけれど。しかしどうやら錦戸の目線は、そこではないらしい。というかこの、セーター?
 「それ、さっき俺が着てたやつや」
 錦戸が指を指した先、たった今、身につけたばかりのセーター。肩部分に切り替えのついたV字ネックの黒いセーターは、つい先程まで錦戸が着て撮影をしていたらしい。
 「…そうなん?」
 「うん、別の雑誌やけど。ええんかなぁ、同じ号なんやろ?」
 確かに出版社が違っても発売日は同じだから、撮影も取材も一緒くたに行なわれたりもして、裏取引的貸し借りが行なわれていても不思議はないけれど。それにしたって全く別のグループでもなく、錦戸にとっては掛け持ちのユニット同士で同じ衣装って、ええんかな、ホンマ。自分にとってはどうでもいいことを思わず考えながら、けれど村上は違うことを思っていたらしい。
 「なるほどそれで、亮の匂いがするわ」
 「え?」
 「セーター。着た瞬間、亮の匂いがするからおかしいなぁって思ててん」
 幻覚とか幻聴とかはよぅ言うけど、幻嗅なんて言葉はあるんかな?俺、そんなに人恋しいんかと思ってちょぉ焦ったわ、と笑う村上が、ふと言葉を切って、意味ありげに見上げてくる。悪魔のような口角が持ち上がる。ちゃうわ、間違えた、と言った。
 「人やなくて亮やんな。”亮恋しい”て言うんが正解かな」
 「…っ、」
 亮の匂いに包まれるって、ちょぉヤラシない?
 鮮やかに笑ってみせた村上に、やられた、と思った。本当に錦戸の残り香に気付いたかなんて村上にしか分からなくて、そもそもきつい香水をつけている自覚はないのに、そんなものが残っていたかどうかもどだい、知る術はないのだ。だから村上がそう言って笑ったからと言って、信じてはいけない。飲まれてはいけない。
 「村上くん、撮影始まりますよ」
 それはじり、と片足で一歩を後退しかけた錦戸を、救ったのかどうか。のんびりとした大倉の声が聞こえる。あぁ悪い、今行く、ともうそちらに目を向けた村上が、ほな行ってくるわな、とセーターの襟首を直す仕草すら、意味があるように思える。行ってらっしゃい、の言葉が果たして言えたかどうか。気がつくと村上と入れ替わりに、大倉の姿があった。
 「亮ちゃん、かなりキたやろ今」
 「……うるさいわ、ボケ」
 果たしてどこまで聞いていたのか、のんびりとした大倉の笑い声に錦戸は、思い切り顔を顰めた。



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W誌ネタ。

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