a Day in Our Life


2004年09月14日(火) 8年目の真実。(横雛)


 「俺はずっと、おまえのことなんか大嫌いやった!」
 
 悲鳴のような村上の声が、鋭く横山を射た。
 悲しくて流す涙より悔しくて流れる涙の方が、余程切実に澄んでいるということを、横山は初めて知った。今、目の前でぼたぼたと涙を落とす村上の、その美しさに目を奪われる。
 かける言葉を失くし、無意識に伸びた手を脊髄反射で振り払われる。追いやられた手の痛みはそのまま、村上の嫌悪なのだろうと思った。
 いつからそうだったのだろうと思う。
 一体いつから。
 8年近くもの間一緒にいて、いつからか、それは役割分担なのだと思っていた。それはそれぞれのキャラクターによる適材適所なのだと思い込んでいた。勝手気侭に振舞う自分のフォローをして回るのは、村上の役目なのだと奢っていた。だってまるで村上は嫌がる素振りも見せず、愚痴も言わず、ずっと隣にいたから。その本心を明かさず、その秘めた内心をひた隠しにして、村上は、そこにいたのだ。その村上の悪意を知らず、ただわがままに、傲慢に生きた自分を村上は憎んでいたのかも知れない。8年もの間、そのことに気付かなかった自分は、どれほど滑稽だっただろうか。その罪深さにぞっとする。
 呆然と見遣る横山をぎっ、と睨み上げる大きな目が、許さないと言っていた。
 「ずっと…おまえが嫌いやった」
 搾り出すように告げる声はただ真剣で、泣きたくなるほどに。
 そこで初めて横山は、自分が泣き叫びたいと思っていることに気が付いた。その事実にまた、呆然とする。
 「…すまん」
 口をついた謝罪は、何に対する罪だったのか。無神経だった自分に対して?そうやって村上を傷つけたことに対して?それとも、8年間の全てに対して?
 「すまん、」
 「…謝って欲しいわけとちゃうわ…」
 止まらない涙を頬に流しながら、言った村上は、その眼で横山を全否定する。その拒絶を見て取って、分からないわけではないのに横山は、けれど反対に、懸命に村上のその手を掴んだ。逃れる背中を夢中で抱き留める。嫌がって暴れる体を絶対に離さないと思った。
 「……にすんねん、離せや!」
 冗談ではなく嫌悪で尖る声に、傷付いて血を流しながら、それでも必死で抱き締めた。今、手放したら取り返しがつかなくなると、それは確信的にそう思ったからこそ、死んでも離さないと誓う。
 「すまん…、悪かった」
 何故、離さないと思うのだろう、横山は考える。
 面と向かって拒絶された相手を、好き好んで追うほど自分は酔狂な性格をしていないはずだった。それが今、全身全霊で村上を、繋ぎ止めているのはなぜだろうと思う。
 「ごめんな。嫌ってくれてもええよ。せやけど、お願いや。嫌いでおってもええから。お願いやから、俺のこと好きになって」

 恐らくそれが、8年分の本音だったのだと思った。



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暗黙の了解。

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