a Day in Our Life
2004年09月07日(火) |
ゴースト〜三段壁の幻。(和也+祐樹) |
「おい」
誰かに話し掛けられたような気がして、祐樹は辺りを振り返った。 けれど部屋に一人いる祐樹の周りに人がいる訳もなく、視界には無機質な調度品のみがじっと動かず存在を示す。 「おい、」 もう一度、はっきりとした声が掛けられる。 さすがに訝しんだ祐樹は、立ち上がってゆっくりと視線を巡らせた。 「誰?」 普段から霊感の強い祐樹は、こういうことは初めてではない。 きっと人外の何かに話し掛けられているんだろうと早急に結論づけて、相手が目の前に現れるのを待った。案の定、柔らかく気配が降って湧いて、目の前に現れたのは見知らぬ男だった。 「俺が見えるんか?」 「見えるも何も、アンタから話し掛けて来たんやん」 「おまえには聞こえるみたいやったからな」 「試したん?」 「そう、ちょう頼みたいことがあって」 見ず知らずの自分に頼みごととは一体なんだろう。 面倒臭いことはごめんだ、と思う一方で、男の柔らかでいて切なげな表情が気に懸かる。それはひどく、祐樹の気を惹いた。 「頼みたいこと?」 「そう。邨野康平に、伝言を頼みたいねん」 「…康平さんに?」 見知らぬ男の口から見知った先輩の名前が発せられたことで、祐樹はじっ、と男の顔を見上げた。康平、と呼ばれた身近な先輩の身近な笑い顔が脳裏に浮かぶ。憂いを帯びた、その微笑い顔。 「あんたまさか…森田和也、…さん?」 「何や。よぅ知っとんな」 演技ではなく驚きで目を丸くして、森田和也はそんなら話は早いわ、と呟いた。 「康平に、これ以上深入りするな、と伝えてくれ」 「……あなたの死についてですか?」 「そうや」 「上辺だけの事実を鵜呑みにしろと?誰よりも、康平さんに?」 「…そうや」 2年半前の事件の後、新入生として新たに入学をした祐樹は、和也を知らなかった。今、目の前に立つ彼を見るのが、正真正銘、初めてのことだった。 それは霊体だからなのか、透き通るような肌に白に近い金髪が映えて、噂以上の美貌は男の祐樹から見ても麗しいと思えた。その、彼の美しい眉に影が差す。苦しげにも見えるその表情は、何を物語っているというのか。 「俺は、いやですよ。そんなん自分で言うて下さい」 「それが出来へんから、こうして頼みに来てるんやないか」 「何で出来へんのですか?」 「康平に、話し掛けることは出来ても姿は見せられへん。やから見えるおまえに直に頼むしかなかったんや」 「それやったら、」 そうしようと思ったのは何故だったのか、祐樹自身にも分からなかった。 けれどそうした方が誰でもない康平のためだと思ったのだ。 大好きなあの人の屈託のない笑い顔が、もう一度見れるなら。 何だってしてあげようと、確かにそう思ったのだ。 「俺を媒体にしたらええ。俺を媒介に、康平さんに会うてあげて下さい」 だってそれが、あの人が一番喜ぶことだから。
***** 続きませんでした。
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