a Day in Our Life
慎ちに転がり込んで早一ヶ月。その日は俺の仕事が休みで。買い物に行こうと言いだした慎に付いて家を出た。 「なに買うんだよ?」 玄関で靴を履きながら、何気なく向けた質問にテレビ、と短く答えが返る。 「テレビ?」 「ああ」 「買うの?」 「ああ」 「もしかしてそれは俺のため?」 「他に誰がいるんだよ」 さも当たり前のように言い放たれる。 慎ちにはテレビがなかった。高校生男子として、テレビがない状況ってすごくないか。初めてこの家を訪れたときにはあまりにも驚いて、どこかに隠してるんじゃないかと勘繰ったものだった。1年振りに訪れた部屋にもやっぱりテレビはなくて。1年前と同じように、俺はしみじみと不平を洩らしたのだった。 「…なんか、悪いな居候の身なのに」 わがままばっかり言って。 希望を叶えられる喜びとは裏腹に、急にしおらしい気持ちになる。 慎の優しさに甘えてる自覚はあって。 それは、慎の部屋に俺の持ち物が増えるのに比例していく。 心配かけて、当り散らして迷惑をかけた。 心ないことを言って傷つけた。 なのにいま、そんなことを棚上げにして甘えてばかりいる。 慎ちがあんまり居心地いいから。慎の側があんまり安心するから。居座って、根をおろしてしまうんだ。 「…ごめん」 小さく言った。 ごめんって、それはTVのことだけじゃなくて。 慎が理解しているかは分からなかったけれど。 ちらりと目だけでこちらを一瞥した慎は、別に、とやっぱり短く答えた。
階段を下りて、地上に出る。マンションの入り口を出てすぐ、予告もなしに手を握られた。手の平を包み込むように、大きく握り込まれる。 「慎?」 驚いた声は「いいから」って慎の落ち着いた声に消されてしまった。中途半端な時間帯とはいえ人だっていないわけじゃないし、地元じゃないとはいえ俺だって道を知らないわけじゃない。心配しなくても、迷子になんかならないよ?なったとしても、きちんと帰って来れる。 繋いだ手がなにを意味しているのか分からなくて、俺は途方に暮れた。だけど慎は握った手を離すそぶりもない。戸惑うそばからぎゅ、と余計に強く握り込まれた。まるで離れていくのを恐れるように。 …ゆっくりと、情景が重なる。 あのとき膝の上で小さく震える俺の手を、握ったのも慎の手だった。その上にうっちいの、岩本の、女教師の手が重なる。それで不思議と震えは止まって、ただ力強く重なる手の重さだけが感じられた。そのときと同じ、骨ばった慎の手の感触。 あのときは気付かなかった、その手は俺をこちら側に繋ぎとめていたんだと、今になって思った。逃げてばかりいた俺が、これ以上逃げないように。もう離れていかないように。 ずっと気にかけてくれていた、慎の視線に気がつかなかった。 その愚鈍さは、どれほどの罪だっただろう。 「…もう、逃げたりしないよ」 ぽつりと洩れた言葉は、少し掠れてそれだけ切実な感じになった。 「当たり前だ、バカ」 言った慎の手にまた力が篭る。 俺は、ここにいてもいいのかな。 唐突に思った。 俺は、慎の側にいてもいいのかな。 俯いて、軽く目を瞑る。ぼんやりと思った。
握られた手の強さが俺の犯した罪ならば。その痛みはなんて甘い、罰なんだろう。
■■■手を繋ぐふたりが書きたかっただけです。
書きたかったのはたった一行、一言だけだったので(きっとバレバレでしょう)ムリムリに繋いだら相変わらずヘナチョコな話になりましたスミマセン。結局のところうちのふたりは両思いなので、許すも許さないも、ごめんもいいよもないんだけど、互いにいろいろ勘繰ったり気を回したりするあたりが両思いの所以であるのだなあと。よく分からない理屈ですが。全てはそこに愛があるからなのです。互いのことを考えすぎるほどに考えるのも。気にしすぎるほどに気にするのも。私のイメージ沢黒って、そんな感じみたいです、いまのところ。
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